第8話 信じてるからな
「ただいまー」
「おかえりなさい」
オレが両手に荷物を持って帰宅すると氷上さんが出迎えてくれた。
まるでご主人様の帰宅を待つメイドのようで感涙ものだ。これは。
「おかえりなさいませ。ご主人様と言ってくれないか?」
「え、嫌ですけど」
しまった。氷上さんがまた氷の令嬢モードに入ってしまった。
「おー忍、お疲れ」
「疲れるのはこれからだけどな……」
「ん? 何か言ったか?」
ちくしょう、とぼけやがって。
「デザイナーとの交渉。上手くいった。ありがとう忍」
明石さんは上機嫌だ。しかし忍とは、いきなり名前呼びかよ。
結構フランクな方なのだろうか。
「そうなんだ明石さん、良かったね」
「明石さんじゃない。闇焔の狂狩人」
オレにはそっちを強要しようとするのか。
氷上さんはそれに対し、まだ懐疑的な様子で、
「あの……一週間で本当に間に合うんでしょうか? 頼んでおいてあれですが、私も服飾には多少心得があるのでスケジュールはかなりタイトだと思うのですが」
「そう思ってドレスはこの似ている既製品ベースで作ることにした。とはいえ、さすがにこのペラペラのドンキの衣装のままじゃ後付けする装飾品に耐えられんから別の生地で作り直すけどな」
「……はい?」
「レース・フリルの表現が細かいゴシックファッションだけどそこはまあ、慣れているから問題ない。一番の問題は黒い翼……」
「え……東城くんが作るんですか?」
あっ……しまった。つい話し込んでしまった。えと、こういうときは……。
「って、デザイナーさんが言ってたよ!」
「ああ、そうですよね! もうビックリさせないでくださいよ。プロに頼めるって言うからお願いしたんですし」
なんで自分の正体を隠す工藤新一みたいなセリフを言わないといけないのか。オレは根っからのジャンプ派なのに。
「じゃあオレはこれを届けてくるから」
店の飾り付け用の買い出し品を置き、衣装の材料を持ってまた外に出ようとする。
「あっ、私も手伝いますよ!」
氷上さんが大量の荷物の一部を持ってついてこようとする。
普通なら嬉しいところだが、今はダメだ。
「いや、オレ一人じゃなきゃダメだ」
「その荷物重そうですよ? 手伝います」
まったく引く様子のない氷上さん。あわよくばデザイナーに会おうとしているのだろうか。
「ダメなんだ! 彼はとてもシャイな人間なんだ! 氷上さんが訪ねたら鼻血を吹き出して作業どころではなくなってしまうかもしれない!」
「そ、そんな人いませんよね? それにちょっと覗きに行くだけですよ」
何か怪しいと疑ってくる氷上さん。
どうしよう。司!
「おーなんだ。せっかくだし氷上も付いてったら良いじゃねぇか!」
「は?」
いやいや、何いってんの? 付いてきたらデザイナーなんていないことバレちゃうじゃん。
「そうですよ、行きますよ。東城くん」
先に店を出る氷上さん。
オレも渋々後ろについていく。
◇ ◇
行ったか。束の間だが、せいぜい楽しんでこいよ。忍。
「さて、こっちも飾り付けをするかぁ。しばらく二人きりだけど、よろしくな闇ちゃん」
「身の危険を感じる……」
うげっとした顔を見せる闇ちゃんこと明石静子。
忍は氷上にしか目が行き届いていないようだが、この子もすげぇ可愛いぞ。俺の人生のTier表でSランクに食い込むくらいにはな。
闇ちゃんを引き入れた功績はデカイ。忍には重労働を課したが、まあやってくれるだろう。
しかし氷上は……簡単には流されてくれないだろうな。
忍は氷の令嬢と呼んでいたけど、あの女からは氷を溶かすどころか鋼鉄を溶かすような攻略難易度の高さを感じる。
「司」
「どうした闇ちゃん」
小さい身体で背伸びして飾り付けを手伝ってくれていた闇ちゃんが手を止めてぼそっと呟く。
「プロのデザイナーが嘘ならそう言って欲しい」
「……どうしてそう思うんだ?」
俺は平静を装ってそう言った。
「あまりにも好都合すぎる。予算もスケジュールも。本来ならあり得ない依頼」
小道具は自分で用意すると言っていたし、心得はあるのだろう。感づかれてもおかしくないか。
「ちゃんとした衣装が出来上がらなくても、わたくしは覚悟してるから大丈夫。けど、零はきっと許せないと思う。そのデザイナーが、じゃなくて自分が」
本来依頼していたデザイナーを紹介したのは氷上だと言っていたしな。そこで責任を感じている上に、俺達の口車に乗せられてたとなったら余計立つ瀬がないか。
けどよ。
「安心しろ。闇ちゃんの衣装は必ず期日までに間に合わせるし、ちゃんとした出来のものを用意する」
闇ちゃんの頭をポンポンと叩く俺。さすがに馴れ馴れしいか?
「……わかった。信じる」
「ああ」
それは俺もだ。
信じてるからな、忍。
「おや? 今日も集まっているのかな? 精が出るね」
開け放たれていた扉からビルオーナーの佐伯さんが入ってくる。
俺は闇ちゃんの頭に手を乗せたままだった。
「あ……お邪魔だったかな?」
「いえ、違うんですこれは」
「……誰?」
佐伯さんはあっと思い出したように警告する。
「でも、気をつけてね。それがここのルールだから」
「はい?」
佐伯さんが指さすカウンター奥を見ると、達筆でこう書かれていた。
『メイドとの恋愛禁止』
あの野郎。余計なお世話だ……。




