第7話 特別なご奉仕してくれるくらいじゃないとつり合わない
「いや、それはその……」
オレはなんとか誤解を解こうとするが、言葉が出ない。
「東城くん、それは本当ですか?」
氷上さんが純真な瞳でオレを見る。
司、お前な……。ずるいぞ。こんなやり方は。
「も……もちろん。オレの友達に頼めば仕事を引き受けてくれる……と思う」
「その方の腕は信用に値するんですよね? 実績は?」
氷上さんがすごく詰め寄ってきて、涼しげな匂いが漂ってくる。
あとシルクのブラウスに包まれたお胸の圧迫感が凄いです……。
「実績はあるぜ! なんせあの『Project SHADE』の衣装デザインを担当していたこともある人物なんだからよ」
また司が横やりで余計なことを言う。
「えっ? SHADEの?」
「……それは本当なの?」
氷上さんだけでなく、天堂院先輩まで驚いた反応を見せる。
「そうだ。かつてSNSの縦長短編ドラマで一世を風靡して、今や若者をにぎわすネット上の一大劇団になっているあのSHADEの仕事をしている人物だ。不足はないだろう?」
「SHADEのあの陰鬱とした異界に放り込まれたかのような世界観のドラマには私も注目していました。それほどのプロに頼めるなら、願ってもないことですが……。本当にそんな人物と東城くんは知りあいなんですか?」
オレの知り合いにプロはいないぞ。
けど、
「確かに、SHADEの服飾デザイナーであれば問題ないでしょうね。よもやこの弱者と知りあいだとは。どういった縁なのかしら?」
「彼とは忍のメイド服趣味で気が合ってですね。たちまち意気投合したんです」
「変態同士のネットワークというわけね」
女帝まで信じ込ませている以上、今更ハッタリでしたなんて言えない。プロにお願いなんて出来るわけもないのに。
「そういう訳で、どうだ氷上。俺達に闇ちゃんの衣装を任せるってのは」
「まあ、その人が期限内にちゃんとやってくれるという話であれば、私は構いませんけど」
氷の視線は頑なに謝らない悪役令嬢を捕らえているが、一応の妥協はしてくれそうだ。
「天堂院センパイ、この場は俺と忍が納めます。そのかわりメイドカフェ開店にあたってオープニングだけでいいんでサークルメンバーを派遣していただきたい」
「あら? 勝手にアンタ達が話を進めただけなのに、アタシが対価を与えないといけないのかしら?」
「ほら、あんまり悪い噂を流されたくないでしょう。ただでさえ、センパイの強引なやり口には批判もあるんですから。今回の件、穏便にすませたいですよね?」
「……ふん」
「それにメイドカフェの特殊な接客は団員の演技力向上に繋がると思いませんか? 駄賃もちゃんと払いますよ」
「募集はするわ。集まらなかったらそれまでよ」
仲間を引き連れてこの場を立ち去る悪役令嬢。
「あざーす! それでは今後ともご贔屓に!」
場に弛緩した空気が戻る。
司のやつ、上手いこと営業したな。さすがCEO。
……オレに変な重荷を背負わせなければ完璧だったのに。
◇ ◇
平日の秋葉原、閑散としたジャンク通りの一角でオレは尋問を受けていた。
「東城くん、洗いざらい喋って貰いますよ」
「えっと何について……かな」
人気のないビルでめちゃくちゃ顔がいい銀髪の美人さんに尋問されているのは、このオレ。東城忍。
真っ昼間の日が差す横並びのカウンター席でお互い向かい合うと、氷上さんのお顔が余計煌めいて見える。
「SHADEのデザイナーについてです。紹介してくれるんですよね」
「う、ま、まあ……」
氷上さんは本気で服が好きなようで、熱心なことこの上ない。
少しは疑ってもいいだろうに。
あのあと昼飯を終えて、オレ達は4人で徒歩でメイドカフェオープン予定の佐伯ビルに集まった。
用件は言うまでもなく、明石さんの衣装についての打ち合わせ。
「彼は秘密主義なんだ。直接のやり取りは諦めて欲しい」
まあ、そういうしかないわな。
「むっ……デザイナーにはそういう方がいるのもわかってますが……。せめて連絡だけでもしたいです」
「わかってる。ちょうどチャットが繋がったところだ」
司は自分のノートパソコンを氷上さんと明石さんの前に置いた。
『こんにちは。ワタシがSHADEのデザイナーです』と吹き出しにメッセージが表示されている。
送信者も『SHADEデザイナー』となっていて怪しいことこの上ない。しかもこれ、いつでもメッセージが消せて裏バイトとかでも使われていると噂のあのアプリじゃん。
「これで会話をしてくれ」
「わかりました」
「プロのデザイナーと会話。ドキドキ……」
2人は疑う余地を見せない。頼むから鵜呑みにしないでくれ。
「その間に忍はドンキに行ってきてくれ。今日は店の飾り付けをするぞ」
「わかった」
秋葉原中央通りには巨大なドン・キホーテがある。
あそこならメイドカフェを飾る装飾にも困らないだろう。
「飾り付けでしたら私も手伝いますよ」
「わたくしの手が必要か?」
「ありがたい。オープンに向けて人手が足りてないからな」
「いいえ、そのくらいはさせて……」
三人が会話する中、オレは店舗を出て内階段を下りる。
下の通りに到着すると、司からメッセージが飛んできた。
『このリンクが氷上達と会話しているアカウントに繋がっている。上手くやれよ』
顔を上げると窓からしたり顔の司が見えた。
はぁ、こっちは司がやってくれると思ったのに。
ドンキに向かいながら2人の相手をする。重労働だ。
季節はすでに夏を迎えようとしている。
コンクリートジャングルから跳ね返る日差しが眩しい。
『図面をお送りします。といっても依頼者のイラストですが』
氷上さんから送られた画像は、紙のノートに描かれたキャラクターを直で撮影したものだった。
闇焔の狂狩人——第二祭輪verと名付けられた漆黒のドレスに金色バックルが特徴的な赤ベルト、胸元に7色の宝飾品が埋め込まれて黒い翼が生えた少女の三面図。
キャラもののコスプレね。明石さんのイラストは上手だし三面図があるだけ一からデザインするよりはずっとマシだ。
でもよりによって黒色のゴシック風衣装とはね。個人的に嫌な思い出が想起させられる。
『とても魅力的なデザインですね。採寸はお済みですか?』
『終わっています。この寸法に合わせてください』
ふむ、明石さんは大分小柄だな。
体重も軽く、あまり重い衣装にすると移動に苦労しそうだ。
それとイベントというのはおそらくコスプレイベントのことだろう。
『何かのイベント用の衣装でしょうか?』
『はい。近々開催されるこのイベントに参加予定なんです』
URLをクリック。秋葉原のイベントスペースで開催されるコスプレイベントか。
調べてみたところ、一部室内もあるが、場合によっては外に出ることになるな。ほぼほぼビルの内側といっても、この猛暑に野外で着るなら通気性の良い素材を選ぶ必要がある。
装飾がいっぱいで軽くて涼しい服。
かなり難題に思えてきた。やっぱ断ろうかな。
『概算でいいのですが、依頼料はいくらになりますか?』
相場観で言えば全部で30万は超えるな。
ゴシック服一式はそもそも高額だが、特に素人でなくプロのデザイナーに頼むという建前が大きい。
『忍くんの紹介なのでお安くしますよ』
自分のこと忍くんって呼ぶことになるとは。
あ、そうだ。いいこと思いついた。
『あ、そうそう。彼が氷上さんがメイドさんになってくれたら格安でいいと話していました』
『残念ですがお断りしています。貴方のデザインしたメイド服には興味がありますが……私はドレス服には一層特別な思い入れがあるので』
う、あわよくばと思ったのに。
『じゃあわたくしがメイドになる。安くして』
これは明石さんか。明石さんのメイド服もまあ魅力的ではあるし、当初の勧誘という目的も果たせるが。
氷上さんがやはりオレはとても気になっているわけで。
別のアプリからメッセージが来る。司だ。
『将を射んと欲すれば、まず馬を射よ』
うーん。氷上さんをメイドにしたいなら、まずは明石さんを引き入れろってことかな。
それなら、
『5万円でどうでしょうか』
『ええ? そんなにお安くして大丈夫ですか?』
『はい。忍くん司くんとは良くしてもらっているので』
赤字にはならんだろ。
布代、装飾品の原価なら5万に収まるだろうし。
CEO司の指令はもうわかってる。明石さんの衣装は、
「《《オレ》》が作れってことだろ。人使いが荒いな」
不本意だけどな。マジでよ。
それよりも一番の難題は……。
『もう一度聞きますが、一週間で制作可能でしょうか?』
氷上さん、人はそれを無茶ぶりって言うんだぜ……。
マジで氷上さんが特別なご奉仕してくれるくらいじゃないとつり合わないと思うよ。その重労働は。
『もちろんです。お任せください』
『ありがとうございます! 信じてます!』
ああ、言ってしまった。
氷上さんと明石さんは絶対期待しているし裏切るわけには行かない。
司もオレがやり切ることを計算に入れているだろう。
それもこれも、オレのメイドハーレムのため、か。
「まったく、オレの味方はお前だけだぜ」
目の前に立つ最強の味方にオレは声をかけた。
「なぁ……ドン・キホーテ秋葉原店よ」




