第10話 楽しい現代裁縫(激烈重労働編)PART1
DAY1。
まずはデザインから。
既製品のドレスをベースに基本的な構造を整える工程だ。
ドンキのドレスを丁寧に分解して型紙をチェック。
「うお、思ったより薄いな。これを直接改造はやっぱ無理だ」
32インチの液タブの上に乗せ、そのままトレースして2DCAD上にパターンを再現する。
3DCAD上に明石さんの体形をデジタルで再現したモデルを用意して、シミュレータ上で縫い合わせた後のドレスを着せる。
服としては成り立っているが……。
「明石さんが用意した三面図と比べると若干違うな」
ウエストのくびれが浅い。誰にでも着やすくという配慮だろうが、明石さんのデザインと印象がまるで変わる。
それにスカートの丈が短い。膝丈かよ、これじゃあ。丈が全然足りねぇ。
「つーかこの膨らみ方を目指すなら中にパニエを穿いてもらわないとな」
あーくそ、結局ここまで作り直すならベースにした意味が薄いな。オレが変にこだわりすぎなだけかもしれんが。
ロスはほとんどないとは言え、時短なんか考えなきゃ良かった。
ドンキのドレスの残骸をかたして、設計をし直す。
重厚なゴシックドレスの設計。
それすなわち《《フリル地獄》》の幕開けである。
設計が終わった後の縫製は考えたくもない。避けては通れない作業とは言え。
◇ ◇
ああくそ、2Dの嘘に引っ張られるな。
しかしどうやったらこの位置で襟が立つんだ……。
この難問をスネ夫の髪形に例えた人がいたっけ。あれをどうやったら立体で表現できるのかってね。
「くっ、骨を入れるしかないか」
着心地が悪化するし、重量も増えるからあまりやりたくない。が、これはあくまでコスプレ衣装だ。半日撮影に耐えられる程度であればやむなしだ。
嘘を本当にすることは出来ない。
リアルの人間が着る前提でデザインするなら、まずは現実の素材と重力を意識した上でデザインするから、こういった問題は起きないが、キャラクターの服は違う。構造が嘘だらけでこの闇焔の狂狩人——第二祭輪verも同様。
ならば着心地、耐久性を捨ててでも嘘に近いフォルムを目指すべきだ。これを着て生活するわけじゃない。あくまで撮影用と割り切るべきだ。
ファッションデザインは常に重力との戦い。
シルエットを維持するためにどう工夫するかが腕の見せ所と言えるだろう。
◇ ◇
「で、出来た!」
オレはついに一仕事を終えた。
四苦八苦した結果、時間はすでに1日経過している。
目標としていたデザインの完成はギリ間に合った。
「DAY1完了。少し寝るか」
1週間ずっと寝ないわけにはいかないからな。
目を閉じている間も頭の中は闇焔の狂狩人——第二祭輪verのことでいっぱいだ。
ああ、あのパーツだけは今も解決策が思いつかん。どうしようか……。
◇ ◇
「おーい、朝だよー」
「んあ……」
DAY2はファッションサークルの先輩に起こされる。
「司にたまに様子見てくれって言われてさ。はい、差し入れ」
「ん……どうも」
もぐもぐとおにぎりを食べる。梅干しと昆布を選んだのは司だろう。
オレの好物だ。気が利くな。
「お、デザインできてるじゃん。ひぇーこんな細かいとこまで作り込むつもりなんだー」
そうだ、デザインは出来た。3DCAD上の着せ替えシミュレーションもバッチリ完了している。
「今日はどうするの?」
「生地を買いに行く」
「おねーさんが買いに行ってあげようか? まだ寝てたら?」
「いや、直接選定したい」
「こだわるねー」
神田から山手線で15分。
日本有数の生地問屋街。日暮里繊維街。
「すぐに買って帰るぞ」
「生地はもう決めたの?」
「メインは別珍かベルベット……といきたいところだが、真夏に着るのは暑いしおまけに高いからな。ジャガード、ウール・ツイルも黒のゴシックドレスには良く使うが……。今回はアムンゼンを使う」
「ふーん……決めたって割になんか嫌そーな顔してるねー」
「本来はゴシックドレスには使わない素材だからな。重厚感が出ないし黒の深みもない。ポリエステルの安っぽさが出るから嫌なんだ。けど、真夏のイベントに熱が逃げない素材を使うのは危ないからな。まあサテンと違って写真映えの点では光の反射はしないし、最適ではある」
「へー。合理的じゃん」
まあ個人的な意見を含めていいなら、ゴシックファッションの王道から外れるから嫌だ。
アムンゼンは優れた素材だが、現代化学繊維の質感がヴィクトリア朝の退廃美とマッチしない。
「コルセットの部分はジャガードを使う。ポリエステル単体だとどうしてもコスプレっぽさが出るし、ボーンを仕込むには密度が足りないから。同じくフリルにはマットサテンを混ぜる」
「サテンはダメって言わなかった?」
「マットサテンなら光を抑えられる。フリルは陰影が命だからな。アムンゼンだけだと光吸収が逆に仇になる」
染料の匂いが充満する店内を回り生地を集める。
アムンゼン、マットサテン、ジャガード。
あとは軽量なワイヤーパニエの素材としてオーガンジー、ソフトチュール。
「まいどー」
全部あわせて50mの生地ロール、丸太が完成……。
みんな、丸太は持ったな!
「ちょ……本当にそんな量必要なの? 買いすぎじゃない?」
「ゴシックドレスを舐めないで貰いたい。全円スカートのフリル重ねはバカみたいな消費量だ」
それにギリギリを突き詰めて失敗したら目も当てられない。万が一生地が足りなくなったら時間ロスが発生するし、それだけならまだしも同じロットが売り切れたらデッドエンドだ。だから生地は必ず多めに買う。
「しかし、20kg超えは……ちょっと……」
睡眠時間も短いしこれ以上体力を消費したくない。
「うんうん、はーい! 忍くんこっち来てー」
何やら電話をしていた先輩に案内されるまま、日暮里中央通りに出るとワゴンカーが停まっていた。
「君が司の友達? あらら重そうだ。ほら、乗せてけ乗せてけ」
後部座席にロールを載せて、帰りは司の知り合いを名乗る兄ちゃんに乗っけてもらった。
ありがたい。普通車のトランクにはダブル幅(150cm)のロールは入らないからな。
◇ ◇
被服室に戻ってからは早速買ってきた生地の裁断タイム。
CADで作り上げた型紙を印刷して、何枚も張り合わせて巨大な設計図にする。
被服室に生地を広げて、その上に型紙を載せて切り抜く。
型が出来ているなら単純な作業のように思えるが、現実はそれほど優しくない。地の目を通す、といって縦糸と横糸を完璧に平行にして切り抜く必要がある。高い精度が求められる作業だ。
そして、ここでも、
「……フリル用の帯、残り48本」
フリル地獄が牙をむく。可愛らしいフリル様の再現には、これほどの手間暇が必要なのだ。
◇ ◇
DAY3。
裁断が完了。朝の日差しが部屋に差し込むと、大量の糸くずが散らかっていた。
のっそりと身体を起こす。
よし、今日からは縫製を始める。それと同時に時間がかかる3Dプリンターの工作も稼働させる。
ドレスに付随する装飾品の内、エンブレムチョーカーは既製品で代用できたが、7つの宝玉が納められた金属風プレートと独特なベルトバックルは作らなければならない。
金属風プレートとベルトバックルの大まかな3Dモデルは初日に作成済みなので、印刷の足場となるサポート材の配置など、3Dプリンター用に微調整する。
そして3Dプリンターを稼働させ、装飾品を作り上げている間に縫製に入る。
ロックミシン、職業用ミシン、バキュームアイロンの出番だ。
そして、ここから先はオレ自身も機械にならなければならない。
「これより、フリル様降臨の儀を執り行う!」
ひたすらにフリル様のための奉仕。本物のフリル地獄の幕開け。
フリル……フリルフリルフリルフリルフリルフリルフリルフリルフリルフリルフリル。
3Dプリンターが止まったのでサポート材を外して別のパーツを出力。
あっ、もう6時間経ったのか。
フリル……フリルフリルフリルフリルフリルフリルフリルフリルフリルフリルフリル。
70m近いフリルを作り終わった直後、オレは気絶するように眠りについた。
今日はフリルの日だった。




