第20話 再会は突然に
勢いのまま逃げてきてしまった。
氷上さんを置いてきてしまったが、司が近くにいたから大丈夫だろう。
あっちは今頃どうなっているだろう。
『わあー! こんなに素敵な服をプレゼントしてくれるんですか? 一生ついていきます!』
『へへ。もうこの子は俺のものなんで、悪いっすねおにいさん』
うわああああああああああ!
ハァハァ……。
想像しただけで呼吸が乱れる。全集中の呼吸法を思い出せ……。
「あの野郎、許さない……。氷上さんは、オレが絶対絶対メイドにするのに……」
『嘘つきのメイド服なんて絶対に着ませんから。門前払いです!』
の、脳内の氷上さんまでオレにそんなことを……。
これは非常に分が悪い兆しだ。
ぶつぶつ言いながらビル周辺を歩いていると、スマホに喋りかけながら歩いている女性がいた。フェスの感想を話し、セルフで動画撮影をしている様子。
「あいつ、フェスのPR撮影をすると言っていたな。しかも氷上さんをモデルにして」
それだけは絶対に阻止しなくては。
そんなことをして、あのガキと氷上さんの距離が縮まったらどうするんだ。
しかし、いいアイディアが……。
唸りながら周辺を歩いていると、
「あ、もうちょい右、右向いてや! ああーいいっすわ! じゃ撮るで〜! 3、2……完璧や。おおきに〜。あとでDM送っとくで」
……集中が乱れる。
なんだこの妙に聞き覚えのあるエセ関西弁。
どこかの天然パーマを思い出すな。
ちらっと見る。
「そこのおねーちゃん、撮らしてもらってもええか」
人気のないエリアで熱心に撮影交渉をしている男。
首の仰角を上げると、大木のような高身長のてっぺんに天然パーマが見えた。
……げっ。
「あーダメ? しゃーない、また今度撮らせてや。…………お?」
撮影を拒否され、振り向いたそいつと目が合った。
オレは即座にエイムを正面に戻して知らない振り。
「……忍? あいつ忍やないか? おーい!!」
視界の端にも届くくらい大きく手を振るその男。
天然パーマに丸めがねのうさんくさい風貌のカメラ男。
「忍! こっち見てや! ワイやでー!」
呼びかけが激しすぎてみんな見てる。相変わらず恥ずかしいやつ。
見つかっちまったものは仕方ない。逃亡中の身ではあるが、観念するか。
「……久々だな。時雨」
「やっぱ忍やん! お前生きてたんか!?」
こんなとこで出くわすなんてマジかよ。
2年間、誰にも見つからなかったのに。
「突然いなくなったから、みんな心配してたでー。元気にしとったか?」
「……まあな」
万が一再会したら気まずいものだと思っていたのに、こいつのノリはずっと変わらないな。
「あ、そうや。『女王』に連絡いれよ。忍見つかったって」
「やめろ時雨。それだけは絶対やめてくれ」
彼女にバレたら何をされるかわかったものじゃない。
「止めなくてもええやん。『女王』も心配しとったで」
「あの女が他人の心配なんかするわけないだろ」
「そんなことあらへん。忍が見つかったときのために、女王はアイアンメイデンを特注して、毎日磨いとるで」
それ中世の拷問器具だろ!
「……やっぱ殺す気じゃん」
「エントランスにあれが置いてあるせいで、外から来たお客みんなビビっとるで」
彼女の凶暴さを鑑みれば、気にくわないヤツを入れて閉じこめてもおかしくはないが。
「忍がそこまで懇願するなら今回はお忍びってことにしたるわ。忍だけにな、ワハハハハ」
何が面白いのか一人で腹を抱える時雨。
こいつのノリは相変わらずだな。
緑のチェックシャツに吊り下げられたカメラが懐かしい。昔とは機種が違うけど。
「ライカか」
「せや、最近こいつを買ったんや! ライカM11-P Safariにアポ・ズミクロンの50mmや! やっぱワイは50mmしか愛せんのや」
あわせて300万近くのカメラを雑に首から下げてるとは。
「リッチになったもんだな」
「ワイはまだ大人しい方や。カントクなんて美少女VTUBERになりたいとかいいだしてスタジオ建てたで」
それはうっかりネットニュースで見た気がする。
思ったより再生数が伸びなくて一週間で辞めたらしいな。
「いうて忍だってそこそこ貰ってたやろ。会社になる前やってかなり稼いでたやん」
「そうだな」
もうその資金は空になったが。考えてみればオレもバカな使い方してるな。カントクを笑えない。
時雨は足を止めて、いつになく真剣な顔でオレを見やる。
「なあ忍、お前どうしてあの日。急にいなくなったんや」
「…………」
あの日、か。
その言葉だけで伝わるくらい、オレ達の溝は深い。
「だって、あの日はワイらの会社のお披露目会もあったけど、もう一つデッカイイベントがあったやん。あの日は、お前にとって——」
「……恥ずかしくなったんだよ。今までオレ達は表に出てなかったのに世間に顔を晒さないといけなくなったから」
オレの答えはきっと時雨にとって納得出来るものではないだろうが。
「……なんや、そんな恥ずかしがり屋やったんか。知らんかったなぁ」
背中をトンと叩かれる。
空気を察してかそれ以上追及してこなかった。
流石に、《《SHADE》》の中では比較的まともなだけある。
雲上時雨。オレの2歳年上でSHADEの撮影担当。
「お前ここで何してんだ仕事か?」
あのガキがフェスにSHADEが関わっていると言ってたしな。
「いや、今日はオフや。新しい相棒でコスプレおねーちゃん撮ってただけやで。ま、後輩の様子見もかねてな」
後輩、か。
そうだ。こいつならきっと。
「時雨、久々の再会の記念にお前にやって欲しいことがあるんだが」
「なんや? いうてみいや」
「……GUILDって知ってるか?」




