第19話 SHADEのデザイナー
「いや、だから。俺がSHADEのデザイナーなんすよ」
ただの高校生アルバイトだと思っていた男がとんでもないことを言い出した。
「あ、貴方はSHADEのデザイナーさん……なんですか?」
「そっすよ。俺はSHADEのデザイナーっす。『GUILD』ってチームのリーダーやってます。ほら、名刺」
……確かに黒い名刺には、SHADEのクリエイターと書いてある。
小泉玲央。それがこの男の名前か。
「ど、どうせ作り物だろ」
「マジっす。HPに顔写真載ってますって」
「……あ、これ本物ですね」
……嘘、本物? これマズイ?
「なんでSHADEがこんなとこでバイトしてんだよ」
「バイトじゃなくて普通に仕事っすよ。SHADEはこのAKIBAサマーフェスの協賛なんすよ。GUILDはSHADEを代表して、諸々のお手伝いしてるんす」
「す、凄いですね。お若いのに」
氷上さんが少しずつ興味を持ち始めている気がする。
こんなやつに興味持って欲しくない。
「おねえさんコスプレがいやなら、俺達とフェスのPR動画撮りませんか? 実はそっちのコンテストもあって最優秀賞は来年のフェスのPR動画に実際に使われるんすよ。俺達GUILDも賑やかしに参加するんす」
「コスプレは必要ないんですか?」
「もちろん! PRなんで普通の服でいいっすよ。なんならウチと契約してる会社のブランド衣装取り寄せるんで好きに選んでくれていいっすよ。これリストっす」
「え……この中から選んでいいんですか?」
あ、あ、氷上さんが懐柔されている。しかもオレの目の前で。
「じゃあ決まりっすね! いやーせっかくなんで現地の誰かに頼もうと思ってたところだったんす。最高にキレーなおねえさんが見つかって良かったー! 最優秀賞間違いなしっすね」
「ま、待ってくれ! 勝手に話を進めないでくれよ! 氷上さんはオレと……」
「……そうでした。実は私、あるデザイナーさんを探していて」
氷上さんがSHADEのデザイナーさんについて、説明する。それをオレは息を荒げ、落ち着かない気持ちで聞いていた。
「ふーん、そうすか。じゃあ、おにいさんに聞きたいんすけど、そのデザイナーが依頼受けたのはウチのどのチームっすか?」
「チーム?」
「そっすよ。今SHADEは内部にたくさんのチームを持ってるんす。SHADE本体に所属してるのは初期メンの御歴々だけで、他はどっかのチームのメンバーっす。ちなみにGUILDはその中でもいわゆる一軍の立場っすよ」
GUILDの男はどこか自慢気に話す。そのアピールはオレじゃなくて氷上さんに向いてるような。
知らなかったな。人数が増えてそんな分裂が起きていたのか。
「で、どのチームの依頼を受けたデザイナーなんすか? おにいさんの友達は」
「うぬぬ……」
「ほらほら、答えてくださいよ」
クッ、オレが嘘つきだと疑ってやがる。しかし今のSHADEのチームなんてわからんし。
なんて、答えればいいだろう。でも適当にしても墓穴を掘るだけだ。
「……チームも何もあるか、SHADEはSHADEだ」
「SHADE本体は専門の衣裳製作会社に依頼したり、ブランドに提供を受けたり確かに色々経路はあるっすけど、どれも超一流っすよ。業界をかじってれば誰でもわかるような。おねえさんがいうような自分の名前を隠すデザイナーなんかいませんけど?」
「そう、なんですか?」
「そうっす。この人いってることなーんか怪しいっすよ」
ヤバい、疑われている……。
高校生は前かがみになり、じーっと疑いの目を向ける。
「白状したらどうなんすか? おねえさんの気を引くための嘘だったって……」
「あ、え、それは……」
幻聴が聞こえた。
『貴方がSHADEのプロと知り合いだというから仲良くしていたのに、嘘だったんですか。最低ですね。この裏切り者のおっぱい男』
ああああああああ! そんなこと氷上さんに言われたらオレはもう立ち直れない!
「貴方はSHADEのプロと知り合いだと……」
聞きたくない! 聞きたくない!
「いってましたけど、なら、あの服を作ったのは誰……」
「ちょっと飲み物買ってくる」
「東城くん!?」
脳が理解を拒否して、オレはその場から全力で逃げだした。
途中、戻りかけの司にぶつかる。
「いてぇな……。って忍か? そんなに急いでどうした?」
「司、あとは任せたからな! オレはもう耐えられそうにない!」
そしてオレは人ごみに紛れてその場を立ち去った。
——まるで、あの日の再現のようだ。
◇ ◇
「と、いうことで忍は逃げたと」
「はい……」
「やっぱ後ろ暗いことがあったんすねー」
GUILDのデザイナーさんとの会話の中で、知り合いのSHADEのデザイナーさんについて問い詰められた東城くんはどこかに立ち去ってしまいました。
別に逃げなくても。……だって、SHADEのデザイナーは事実ではなかったとしても静子のドレスは本当に出来上がったんですから。追いつめたりなんてしませんよ。
「でも、一色くん。いいところに帰ってきましたね」
「今度は俺かよ」
「思い返してみれば言い出したのは貴方ですよね? 東城くんは巻き込まれただけなのでは?」
「……まいったな」
思案顔の一色くん。言い逃れを考えているのかもしれませんが、絶対はぐらかせません。
たとえSHADEのデザイナーじゃなかったとしても、静子のドレスを作った彼は、私が追い求めてる『魔法使い様』に近いものを感じるので。
いますぐにでも紹介して欲しいくらいです。
「ただいまー。……どうかした?」
少しタイミングが遅れて、静子が戻ってきます。
室内でクーラーにあたっていたせいか、灼熱の太陽に目を細めてます。
「デザイナーさんの件でちょっと揉めてしまって……。あ、こちらはSHADEの小泉さんです」
静子が頭を下げるが、小泉さんは静子を見て固まったまま動かない。
「なんすか……このゴシックドレス」
感銘を受けている。というよりも、驚いている様子だ。
私を一目した時以上に、目を見開いて動揺している。
「ちょっと失礼!」
彼は静子に近寄り、屈んでドレスの細部を隅々まで確認し始める。
生地をつまみ。コルセットの縫い目に指を滑らせる。
「……歪みのないハリのあるプロポーションを魅せるための内部構造。撮影時期まで計算に入れた上でチープにならないよう的確に素材選定をしている点。そして、この見覚えのあるフリル1つ1つへの異質なまでの執心は……」
「何? 新手の変態?」
「デザイナー魂というものじゃないですか? SHADEの中でも立場のある方のようですし」
ひとしきり確認が終わった彼は、動揺が収まり切らない様子で、口を開いた。
「……さっきのおにいさんには謝らないとっす。この衣装、初代が作ったドレスにそっくりですわ」
「初代?」
「SHADEは確かに大物デザイナーとしか仕事をしてません。でも、それは今の話っす。過去はアマチュアサークルだったわけっすから。そのときの活動を支えていたデザイナーは確かにいるんす。御歴々は話題に出さないし、法人化発表のあの日、彼は表舞台に出てこなかったけど、SHADEの倉庫で眠る数々の衣装を作ったデザイナーは確実に居ます」
「それなら、東城くんのお友達のデザイナーというのは……!」
「おそらくSHADEの初期メンバーっす。俺はずっと彼のことを初代と呼んでます」




