第2話 氷の令嬢
オレたちが通う明清大学神田キャンパスには、去年リニューアルしたばかりの食堂があり、広くオシャレな食堂は在校生だけでなく外部からの客も多い。
「いい感じの混み具合だな」
時刻は12時。合流した司と共に学食に並ぶ。
列の最中で司が作戦を説明する。
「いいか、このくらいの時間だと食堂の空席は少ない。だから仕方なしとばかりに女の子2人が座っているテーブルに俺たちが突入する。これだけ混んでいる中で頼めばまず断られることはないはずだ。一緒の席に座れば自然と会話も始まるだろう」
「自然と会話が始まる……?」
それはモテ男のお前だけの感覚なんじゃないだろうか。
「まあいい。一緒のテーブルなら会話しやすいだろうしな」
「そうだ。特に2人組を狙うぞ。コンビナンパは相手も友達が一緒という安心感が警戒を緩めるからな。それで俺の方は誘い方を考えたが、そっちもちゃんと宿題やってきたんだろうな?」
「ああ、どんなメイドさんが居て欲しいか、だろ?」
「【Monochrome】のオーナーはお前だ。ファーストメイドは忍が選ぶべきだ」
昨日の会話で司が誘い方を、オレが勧誘するタイプを考案することになっていた。
「心配いらない。オレは日々研究しているんだ。見ろ」
オレの研究成果を司に見せる。
『お隣の氷の令嬢が、俺の家に入り浸ってデレデレに溶けている件について話があるんだが……』
「WEB小説か? それに氷の令嬢って……なんだそりゃ」
「知らないのか? 界隈では氷の令嬢という属性が人気を博しているんだぞ。秋葉原はオタクの街だからな。メイドカフェの経営者として、今流行の属性を真っ先に取り入れるべきだと考えた」
「どういった属性だ? 氷雪系の武器でも持っているのか?」
「お前が好きな氷輪丸は持っていない」
オレと司はガキの頃から漫画を共有している仲なので、ネタは必ず通じる。
特にオレ達は熱狂的なジャンプファンで司は歴代ジャンプ漫画の中でもBLEACHを推している。
「氷の令嬢というのは他人を寄せ付けない氷の心を持った美少女のことだ」
オレは冷たい表情をした白髪の少女のイラストを司に見せる。
「この子は表情筋が死んでいるようだな。接客に向いてなさそうじゃねぇか」
「そう思うだろう? しかしな! オレにだけはデレてくれるという一面があり、それが人気なんだ!」
「ツンデレの亜種みたいなもんか。まあもうじき夏が来るしな。氷のようなメイドさんがいてくれるのは悪くない」
「だろ!?」
「お前の趣味嗜好はわかった。ただ」
何か文句があるのか500円Aランチの食券を持った司が席の方を指さす。
「リアルにそんな女の子がいるかは別だ。俺たちはこの食堂にいる中からメイドさんを選ばなきゃならない。多少の妥協もやむなしだ。とりま希望通りの氷の心を持っているかはわからんが……クール系の美人を探すぞ」
おばちゃんからランチメニューを受け取り、覚悟を決めて席を探す。
キョロキョロと辺りを見回し、氷の令嬢のオーラを放つ学生を探して……。
「おっ、あの黒髪の子なんかいいんじゃないか?」
「お目が高いな。あれは人文学部の一ノ瀬遥だ。つい最近まで所属していたテニスサークルを辞めたばかりと聞く」
「そんなデータが一瞬で出てくるのって気持ち悪いな」
「うるせぇな! いいから声をかけてこい!」
一ノ瀬さん……。キリッとした長いまつげがとてもクールだ。
オレの店に誘ったら彼女がメイドさんになってくれるんだろうか。
ふぅ、一呼吸して勇気を出してオレが声をかけようとした瞬間——颯爽と割り込む影が2つ。
「へい君ら!」
「俺たちとランチしようぜ」
シュババと効果音と共に別の男たちに取られてしまった。
「い、一ノ瀬さん……。オレの一ノ瀬さんがあんなチャラ男に……!」
「忍、これは戦争なんだ。男たちはいつも美少女の座るテーブルを狙っている」
「お前みたいな連中の常識をオレに語るな!」
仕方ない……よし、切り替えるぞ。
っと、あそこにいる金髪のギャル。氷の令嬢のイメージにはあわないしちょっと怖いけどポテンシャルが高そうだ。声をかけてみようかな。
「2年生の邦枝香織先輩だな。あのダイナマイトボディーを前に数多くの男が散ったと聞く」
「よし、今度こそ……」
一呼吸して——
「ちょっと失礼するねー」
「ウェーイ、お茶しようぜぇー!」
また瞬く間に席が取られる。
「これが、リアル……」
「早く決めるんだ忍。このままじゃ食事する席すら無くなるぞ」
続々と席が埋まり焦るオレ。どこかに氷の令嬢はいないものか。
そこに——遠目だがオレたちと同じくトレーを持って空席を探している二人組が見えた。
オレの視線を引いたのは、その片割れのさらさらした白銀の髪。
顔はよく見えない。けど、氷の令嬢っぽいオーラが強く出ている。
彼女達の傍の四人掛けのテーブル席が一気に空いた。チャンスだ。
「司ぁ! あそこに入るぞ!」
「急にどうした? 忍!?」
オレは今度こそ取られまいと早足でテーブルに駆け寄る。
四人グループに席を空けてもらうと、氷の令嬢は一礼して友人とトレーをテーブルに置いた。
何故か、周囲の視線が一斉に彼女らに集中しているように見えた。
——確証バイアスという言葉がある。オレは彼女の姿も声も知らないのに、その流れるような銀髪に引き寄せられて、絶対に自分好みの見目麗しい令嬢だと思い込んだ。
周囲に集まっている人間が、全員彼女を狙っている敵に見えた。偶然近くに固まっているだけかもしれないのに。
邪魔だ……!
もうチャンスを逃したくないという気の迷いとナンパ初心者故の混乱で、確証バイアスにハマったオレは周囲の連中を押しのけ、
「オレが!」
今まさに席を取ろうとしていた学生に先駆けて素早くトレーを置いた。
「い……いいか、ここは……オレが取った。オレの席だ」
「あっ……はい……」
息を切らせながらアピールすると、学生が気まずそうに立ち去る。その視線はあまり気の良くないものを含んでいた。
というか、彼からのみでなく周囲からの視線が物凄く痛い気がする。
けど、ようやく席を取れたオレはそこに気が回らず、
「やった。やってやったぞ。ははは……」
謎の達成感を得たオレはその時初めて、銀髪の令嬢に顔を向けた。
「…………へ?」
思わず言葉に詰まる。食い入るように顔を覗いてしまう。
だってさ。確証バイアスってやつは結局のところ強い思い込みでしかなく、大抵は過剰評価や過大妄想に振り回されるオチがつくのにさ。
訝しげにオレを見上げるその子は。
「…………氷の……令嬢だ……」
過剰に拡大した妄想よりも抜きんでた現実が目の前にあったら、オレはどんな顔をしたらいいんだ?




