第1話 オレが秋葉原をメイドの楽園にする
秋葉原がメイドカフェの街であったのも今は昔。
ここもすっかり様変わりしてしまった。
客からぼったくることしか頭に無いコンセプトカフェだの、ポケモンの高額カードばかり飾られているカードショップだの、インバウンド一点特化の怪しいグッズショップだのが乱立して、オレが好きだった秋葉原から遠ざかってしまっている。
昔はこんな街じゃなかったのに。
だから、今こそ立ち上がるべきなんだ。
そう、オレがみんなの秋葉原を取り戻す反撃の狼煙を上げる。
「オレ達がこの薄汚れた秋葉原を再生する!」
オレは握り拳を突き立てて、勢い良く椅子から立ち上がった。
「今こそ旗揚げの時! ここ、東京都千代田区外神田3丁目——通称『秋葉原ジャンク通り』のメイドカフェ【Monochrome】が秋葉原再興の最前線になるのだ!」
築43年の由緒ある佐伯ビル3Fでオレは叫ぶ。
もう一度、秋葉原をメイドの楽園にする。このオレ、東城忍が……。
メイドさんは素晴らしい。
ヴィクトリア女王の時代から続く歴史あるクラシカルなヴィクトリアンメイドに、演劇的衣装として発展したキュートでセクシーなフレンチメイド。
更にこの土地と合体して独自の文明を築いたメイド文化をジャパニーズメイドと定義する。
何を隠そうオレは、ジャパニーズメイドの虜になって、その追求に命を賭ける男の一人だ。
黒いワンピースにレイヤードした、ヒラヒラが幾重にも重なったフリルのピナフォアエプロンに思わず脳が焼かれそうになる。
短いスカート丈、スキマから見えるガーターベルトの食い込みが反則的に欲望を煽り。
可憐さと貞淑さが濃縮された黒と白のコントラストにオレはすっかり魅了されている。
『おかえりなさいませ! ご主人様!』
そしてジャパニーズメイドとは姿形だけでなく、ご主人様をお持てなしする萌えの精神である。
日本のメイド文化 IS 最高!
そのメイドカフェのオーナーにオレがなるなんて、夢のような話だ。
ああ、たくさんのメイドさんに囲まれる毎日が今から待ちきれない。
うへ、うへへ……。
オレが一人で悶絶していると、近くのソファにダラリと腰掛けている相棒がスマホを弄りながら遮る。
「なあ忍、ようやく飲食店営業許可が下りて浮き足立つのはわかるけどよ。肝心なことを忘れちゃいねぇか?」
この赤髪でツンツンした頭の男は一色司。小学生の頃からの仲で、メイドカフェの共同出資者。
中学からこの方女に困ったことがない、いけ好かないイケメンボーイでもある。
「いったい何が問題なんだ? CEO司」
「おい、いつから俺が経営の責任者になったんだ?」
「だって経営学科だろ? この店の経営は任せたからな」
「お前だって経営学科だろうが。お前が嫌がったから食品衛生責任者の資格取ったのも俺だしな。ったく何個責任者をやらせるつもりだ」
「そういうな。オレとお前は一心同体だろ」
「めんどくさいことを押し付けてるだけのくせによくいう……。まあいい、それより」
司はスマホから視線を外し、カウンターの椅子に腰掛けているオレを指さした。
「まだ肝心のメイドが一人もいねぇだろ! オープン1月前だぞ!」
「うぬぅ……」
オレは現実逃れをするように、丁度手を付けていたメニュー表を掲げた。
赤と黒のマッキーペンで描きあげたイラストを見せつける。
「見ろ! お前がサボっている間にオレは店で出すメニューを考えといた。メイドさん萌え萌えオムライス2000円だ!」
「高ぇよ! ただの具無しケチャップオムライスだろうが!」
「いや、でもこれはただのオムライスじゃなくメイドさんが魔法を……」
「魔法で何でも解決出来たら苦労しねぇよ! それ食って財布から北里柴三郎を2枚出す客の心情はファンタジーじゃねーんだぞ!」
「ぐっ、うるさいCEOだ……。仕方ないな。追加でグリーンピースを乗せることにする」
緑のペンで丸いグリーンピースを絵に乗せる。
「単価を高くすることは文句ねぇよ。裏通りの空中階だから、ふらっと立ち寄る客は見込めないしな。一人から多く取る戦略は悪くない。だが満足度が高くなきゃリピートも狙えねぇだろ。客単価高めでリピーターも見込む。もっと付加価値が入るな」
「まさか、ベーコンを入れろと言うのか? オレはこれ以上手間が増えるの嫌だぞ」
作るのオレ達だし。
「いい加減具材から離れろ。いいか、ここはメイドカフェなんだ。付加価値を高める方法はもっとある」
「例えば?」
「オムライスを買ったら指名したメイドさんがチェキを取ってくれたり、簡単なゲームをしてくれたり、メッセージカードを添えたりだな。メイドカフェに来る客はメイドとの交流を期待してんだからそいつらの要望に沿ったサービスを提供してやりゃいいだろ」
「ほうほう。流石CEOだ」
「そうすりゃ客も喜ぶだろうよ。ま、《《とびっきりの可愛いメイドさんが接客してくれたら》》、な」
「ぐぬぬ……」
結局そこに回帰するのかよ……。
「最も重要なファクターだろ。可愛いメイドさんがいるかどうかってのはよ」
「わかってる。オレもそれは理解してるんだ」
「忍。メイドさん集めなきゃ店開けねぇんだぞ」
「そうだよな……」
オープンまで1ヶ月を切った。そろそろメイドさんを募集しなければマズイとは思ってる。
「司。何かいい案はないか」
「SNSで募集はしたが箸にも棒にもかからん以上、やるしかないだろ。……ナンパ作戦を」
「…………お前の彼女とかに頼めないか?」
「あいにくだが彼女は丁度切らしてる」
クソ、いつもは引っ切りなしに彼女を作ってるくせに、タイミング悪いな。
「…………お前の元カノ集めるとかさ」
「…………それは本当の最終手段だ」
オレ達が頭を悩ましていると、コンコンとノックが聞こえる。
オレ達が応じると店の扉がガラリと空いた。
「ほほほ……。今日も楽しそうだね。忍くん、司くん」
「佐伯さん!!」
「お疲れさまです!!」
即座に頭を下げるオレ達。
この人にはいくら感謝してもし切れない恩がある。
「まあまあ、そうかしこまらずに」
「いえいえ、そんな」
「俺達がこうして店を開けるのも佐伯さんのおかげですから」
この穏やかに笑う好々爺はオレ達が入っている佐伯ビルのオーナーの佐伯義輝さん。
昔は鉄道会社の職員で、その名残かいつも帽子を被っている。
「それもこれも佐伯さんがこのフロアを直接契約してくれたおかげです」
「ほほほ、若い子が頑張る姿を見るのが昔から好きでねぇ」
『俺達みたいな大学生がいくら軍資金を集めようと、店舗開業にあたって不動産契約をしてくれる仲介業者は存在しない』と司が言っていた通り。
だから店を開くのはオーナーとの直接契約が必須だったのだが、それを快諾してくれたのが佐伯さんだ。
いくら感謝してもし切れない。
「ところで、メイドさんは見つかったのかな?」
「それが、」
「まだ見つからず……」
なんという失態だ。契約とか検査とかで手がいっぱいでメイドさんが集められていないなんて。佐伯さんも不安になっていることだろう。
司がさりげなく話を振る。
「佐伯さん伝手とかありませんか? この3階は昔メイドカフェだったんですよね?」
「うーん、ずいぶん昔の話だからね。それよりも君たち大学生でしょ。学内で探してみたらいいんじゃないかな」
「そ、そうか! オレ達大学生だったんだ!」
「いっけねぇ。しばらく授業出てなかったから忘れてたぜ」
第三者から指摘されて初めて気づく。
「……僕は君たちの単位が心配だよ」
「ぎりぎり留年しないように計算したんで大丈夫っすよ。CEOの司がそこは頑張ったんで」
「そう? それならいいんだけど」
オレと司は目を合わせて頷く。
「学内の可愛い女子のデータなら俺がほとんど抑えているから暇そうな子を見つけやすい」
「ああ、こっちにはイケメンで有名な司がいるから引っかけやすいしな」
「堂々と俺を出汁にするな。っと……じゃあ忍、明日の昼に大学で会おう」
司はスマホで通知を確認するのと同時、急いで身支度をした。
「なんだ? 急用か」
「ああ。拓海から急に連絡があって、これから女子大と合コンだ」
「合コン!?」
う、うらやましい。オレの大学生活にはそんなページ1枚もないのに、こいつはしょっちゅうあることのように振る舞いやがる。
まだ入学して3ヶ月だろ? オレら。
「なんだ忍、お前も行きたいのか?」
「……ま、まあ……お前がどうしてもというなら……」
「拓海と斗真と広大も一緒だが大丈夫か?」
悪名高い同じ学部のウェーイ系の陽キャ軍団の名前を列挙させられると……流石にそこに混ざる自分が想像できない。
「やっぱ遠慮しとく……」
「そうか、別に止めはしないから行きたいならいつでも言えよ」
司だってわかっているだろうに、オレがその中で生存できるほど強い人間じゃないことは。
「それじゃあ俺はこれで。…………おい拓海見たぞ、シロ大の響子ちゃん来るってマジかよ! こーれ口説き落とすまで帰れねーじゃん」
店を出るや否や、即座に通話を始める司。ちょっとだけど話す内容きこえたかんな。
佐伯さんと2人になったオレはある宣言をした。
「佐伯さん、たった今この店のルールをひとつ決めたんだ」
「ルール? どんなルールかな」
「見ていてくれ」
オレは白紙の厚紙に赤いマッキーで大きく文字を書き、その縁を太く塗って強化した。
『メイドとの恋愛禁止』
うむ、我ながら達筆だ。




