第15話 氷のお姫さまPART2
重い手土産を持ち八王子駅で降りてタクシーに乗り換え20分。
人気の無い林道にひっそりと聳える広い敷地の屋敷。
かつて豪農であった名残の長屋門は分厚い暗緑色の苔が生えており、訪問者を出迎える使用人はもういない。
巨大な鉄門に思えた大扉も、成長した私がこうして見ると、極めて普遍的な扉であると実感しました。
脇戸から入り、母屋の玄関戸を開けます。
「失礼いたします」
返事はないですが、構わず大広間に向かいます。
色褪せた大広間からは無作法に生えた雑草が一望できます。
大広間には大柄な女性が正座してスマホを弄っています。こちらに気がつくと、露骨に渋い顔を見せました。
「あらあら、久方ぶりね。どの面下げてこの屋敷に足を踏み入れたの?」
「……どの面とは、どういう意味でしょう」
「とぼけるんじゃないわよ。恥さらし。アンタ大学に乗り込んでアタシになんと言ったか忘れたわけじゃないわよね」
やけに芝居がかった口調の金髪の女性。
いつも通りである意味では安心します。
「相変わらずですね。志緒里《《姉さん》》」
「ちょっとやめてよね。アタシとアンタが姉妹なんて冗談じゃないわ」
天堂院志緒里。明清大学演劇サークルのサークル長で、私の義理の姉。
令嬢のような振るまいをして周囲を威嚇していますが、彼女はもう……。
「アンタとは血統が違うのよ! この妾の子が!」
私の母はこの家の正妻ではない。
この土地の大地主である父の浮気相手で、母は私を置いて逃げたという。
だから、私はこの生家でずっと厄介者扱いを受けていました。
母屋に足を踏み入れることを許されず、チリとホコリまみれの離れに隔離されて誰の迷惑もかけないよう、ひっそりと生活していました。
外出する自由はなく、服は全部姉さんのお下がりで、体格の良い姉さんに比べて余った食材しか与えられなかった私にはお下がりはどれもブカブカでした。
この家にいい思い出は一つもありません。
とりわけ、
『ブスのくせにこの家にいれることに感謝しなさいよ。この薄汚れた血が』
義理の母はひどい人でした。
あとから聞いたことですが、私の母親は男を狂わせるような美人だったらしく、それで旦那を奪われてプライドを傷つけられたことをずっと根に持っていたようです。
私に対する理不尽のほとんどは、彼女から受けたもので、
『ほら、かわいい志緒里ちゃん。この恥さらしのブスには何て声をかけるの? ママが教えた通りに言いなさい』
『はい……お母様。「アンタはアタシの下僕として一生こき使ってやるから、感謝しなさい!」』
『あらあら、良くできました。ママが褒めてあげるわ』
自分の娘を人形のように操って、私を虐めさせました。
小学校に通うようになっても、姉さんは友達と結託して上履きを隠したりトイレで水を浴びせてきたり、散々な振る舞いをしました。
でも、それはきっと姉さん自身の意思じゃありません。
『こうやって、偶然を装って給食をぶちまけなさい。このブスが肥えないようにしっかり管理してあげないとね? 出来るわよね? 志緒里ちゃん』
『はい……お母様の言う通りにしますわ』
『偉いわ。流石はママの娘ね』
そんな彼女も、もうこの家にいません。
私が中学の頃、天堂院家は土地開発に失敗して、多額の借金を背負いました。
元々横暴で評判の悪かった天堂院家は親族から次々と離反され、地に落ちました。
あの女は家の没落に乗じ、使用人の男と共に夜逃げしたのです。
「お母様が戻ってきたら、アンタがどれだけの悪行を働いたかいいつけてやるわ!」
そう——旦那と一人娘を置いて。
私は姉さんを無視して広い台所に向かいます。
事業には失敗したものの、資産を整理してみると祖父の大量のコレクションの中に高価な美術品が多数眠っていて、それを売り払い、この広い邸宅と当面の生活費は工面できました。
「お父さまは元気ですか?」
「今日も外で飲んだくれてますわ」
「そう……。なら、お父さまの分は冷蔵庫に入れておくから伝えておいてください」
私は週に1,2回この家に通って掃除や料理をしています。
強い恨みがあっても、落ちぶれた2人の家族を放ってはおけないからです。
たとえ、本人達からはどう思われていたとしても、です。
◇ ◇
一人暮らしのアパートに戻り、軽くシャワーを浴びて、ベッドで仰向けに寝ころびます。
白い天井を見ながら、1日のことをぼーっと考えます。
静子の件で衝突して、機嫌の悪い姉さんは頑なに私の作った食事を取ることを拒否していましたが、あのあとちゃんと食べてくれたでしょうか。
あの家に戻ると、昔の私を思いだします。
登校時はきらびやかで友達に囲まれた姉さんの3歩後ろをひっそり歩き。
学校では誰とも話さず、昼休みは図書室の本を無感情に読みあさり。
およそ自我というものがなく、天堂院家の召使いのように扱われる人生に何の疑問も抱いていなかった私。
「氷の令嬢ですか……」
東城くん達が使っている謎の属性だけど、その当時の私なら当てはまるのかもしれません。
感情は氷のように冷たくて、誰とも会話はせず、常に無表情な令嬢だったのだから。
だけども、その氷は——とうの昔に溶かされています。
『あなたはるすばんよ』
ぶとうかいのひ、シンデレラはいえでないていました。
おねえさんたちはシンデレラをおいてでかけてしまいました。
でも、ほんとうはシンデレラもぶとうかいにいきたかったのです。
——私はシンデレラのお話にひとつクレームを入れたいのです。
——なぜなら、シンデレラには足りないものがあるからです。
シンデレラがないていると、まほうつかいがあらわれました。
「かわいそうなシンデレラ。あなたをたすけてあげます」
まほうのつえがひかったそのとき、シンデレラはぴったりのきれいなドレスをきていて、ガラスのくつをはいています。
「12じにまほうがとけます。それまでにかえりなさい」
そして、シンデレラは舞踏会で王子と踊ります。シンデレラが残したガラスの靴の持ち主を探す王子とシンデレラは結ばれて、幸せに暮らします。
だけど、それだけでは不満足です。
なぜなら、感謝が足りないからです。
シンデレラはもっと素敵なドレスとガラスの靴をプレゼントしてくれた『魔法使い様』に感謝するべきだと私は主張します。
天井から視線を外し、大切な宝物を一日の最後に、今日もまた眺めます。
それはクリアケースの中にある、真っ白な子供用の手縫いのドレス。
魔法使い様がくれた、私の自由の証。
生まれて初めて着た、私だけのピッタリの素敵なドレス。
そのドレスは今も、『自分が好きな服を選んで、自由なときに着ても良いんだ』と私に訴えている。
「魔法使い様……」
私は今もまだ探している。
王子がガラスの靴の持ち主を探したように、私はこの素敵なドレスを贈ってくれた魔法使い様をずっと探し続けている。
「貴方は今、どこにいるのですか?」
貴方がかけてくれた魔法は今もまだ、私の心の中に。
◇ ◇
「ご帰宅ありがとうございます! ご主人様! お嬢様! 王子様!」
フリフリのメイドさんに囲まれて幸せ気分なオレ。
この秋葉原のガイド冊子、『アド街っぷ』に載っていたお店に3人でやってきた。
しかも、たまたま空いていたのか、ガイドに載っていた看板メイドのかわいい銀髪メイドさんが相手をしてくれている。
うひょー! 今日は最高の帰宅だ!
「いやーん、王子様素敵だニャン! かっこいいニャン!」
「ハッハッハッ、ほらほら俺に構いすぎると他のご主人様に嫉妬されちゃうぜ」
ただし……ノイズがなければ。
「イチゴパフェあーんだニャン!」
「まったく、いけないメイドさんだな。風俗営業1号許可を取ってない店であーんしちゃダメだろう?」
「やーん王子様に食べて欲しいニャーン!」
司につきまとう銀髪のメイドさん。
は? オレを癒やすために帰宅したのに、こいつ何やってんの?
「そんなに俺に構って欲しいならさ。連絡先教えてよ」
「ニャンニャンは魔法で猫になっているから連絡先は持ってないんだニャーン!」
ほら見ろ、調子に乗るからだ。
でも、メイドさんは不自然に前に屈んで。
「…………お会計するときにあとでこっそり渡してあげるニャン」
周りに聞こえないよう小さい声でこっそり司に耳打ちした。
この銀髪の子がかわいいと思って店選んだのに……ひどい仕打ちだ。
「は? なんなんだ? この全人類の敵は?」
「忍かわいそう。仕方ない、わたくしがあーんしてあげる」
「闇ちゃん! 俺にもあーんして!」
明石さんはメイドカフェ自体初めてのようで、メイド服で魔法をかけてくれたりダンスしたりするメイドさんに目を輝かせていた。
「メイドカフェ楽しい! わたくしをお嬢様と呼んでくれる!」
明石さんが嬉しそうでなによりだ。氷上さんとは違って、こっち側の素質があるように思える。
司はナンパ場所としか考えてないのかもだけど、メイドカフェは楽しいところなのだ。フリフリのメイドさんも見れるし。
「しかし王子様と呼ばれるとは。司の女たらしにはわたくしドン引き」
「まあな。というか俺は昔王子の役もやったことあるしな」
「ほうほう、そうなのであるか?」
司は得意げに語る。
「どっかのお嬢様学校のボランティアだったっけな。学校の子は全員お姫さまの役だから、外から参加した俺が王子をやったってわけ」
「うわー、ある意味似合いそー」
「劇の最後に銀髪の超可愛い女の子と踊ってさぁ! そうだ、忍も一緒に参加してたよな」
「ん、ああ」
ドリンクを飲んでいる最中のオレに話を振られる。
そんなことあったな。
「へぇー。忍はどんな役をやったの?」
「ん、たしか……」
何の役だったっけ。あまり記憶に残ってないが…………思い出した。
「そうだ。オレは————《《木》》だ!」
「…………木?」
「そうそう! シンデレラがカボチャの馬車に乗っている間、ゆさゆさ揺れる木!」
「…………楽しかった?」
「ああ!」
「…………本当に?」
「マジだよ。こいつ1人で凄ぇリアルな木を用意してさ。ウキウキでやってたぜ」
「あれは楽しかったな。へへへ……」




