第12話 闇焔の狂狩人——第二祭輪ver
あれから7日間が過ぎた。
わたくし達はその間Monochromeの開店準備を進めていた。
わたくしは衣装を安くして貰う条件でこの店でアルバイトすることを決めたし。
「ふぅ……」
さすがに毎日通っていると愛着が出てくる。3週間後のオープンが楽しみだ。
「一色くん、ここの配置は……」
零もなんだかんだ手伝ってくれている。
司が納めてくれたおかげで零と天堂院先輩の衝突は最小限で済んだし、そのことに感謝しているのかな。
「でも、楽しみですね! SHADEのデザイナーさんが作った衣装!」
……ただいち早く衣装が見たいだけなのかも。
思えばSHADEはわたくしと零が仲良くなった要因である。
高校の時、教室でひとりでSHADEのショートドラマを見ていたわたくしに零が声をかけてくれて、2人ともファッションに興味があるとわかって仲良くなったんだっけ。
だからきっと零はSHADEのデザイナーを信じているんだ。
わたくし達を繋いだその人ならどんな願いも叶えてくれるって。
——わたくしは零みたいに純粋にはなれない。一度零が紹介したデザイナーに裏切られたときもショックだったから、今回も身構えてしまう。また、零を傷つけてしまうんじゃないかって。
誰かと電話中の司を見る。
司は一日にそれはもう何回も代わる代わる電話をしている。
……半分くらいは女と惚気てるけど、このカフェのオープンに向けて色んな業者や同業の人と会話しているときもある。
とても忙しそう。
忍はずっと姿を見せていない。衣装作りの方の買い出しとか手伝いをしているみたいだけど、順調に進められているか不安。
「おーそうか! 了解だ! ああ……寝かしといてくれ」
司がスマホを仕舞う。
「デザイナーから連絡があった。衣装が用意できたらしいぞ」
「本当ですか!?」
「どうだ? いまから見に行くか?」
「はい! 見たいです!」
わたくしは零のように浮かれることができない。
どうしても疑心暗鬼になってしまう。
司は大丈夫といってくれたけど、でも……。
◇ ◇
「この部屋だ」
明清大学神田キャンパスの被服室に着いた。
ここに出来たばかりの衣装が置かれているらしい。
「闇ちゃん。開けてみな」
「……うん」
「楽しみですねぇ」
ドアを開けるとうだるような暑さのせいか、熱気が息吹くのを感じた。
部屋の中は遮光カーテンで閉じられて暗い。
けど、薄暗い部屋の中、確かにそこに存在している。
わたくしの衣装が。
部屋に入って右手側についているスイッチを押す。
部屋の照明がついた。
「…………え?」
明りが灯った室内に、漆黒のドレスが浮き上がる。
深い闇から抜け出て、君臨したそのドレスは狂気的な威圧感で主を待ちわびる。
その出来栄えは期待以上……いや、違う。わたくしは決してこんなものを望んでいなかった。
だってこれはもう、わたくしが着るコスプレ衣装じゃない。
——現実に姿を現した闇焔の狂狩人の正装に違いないのだから。
「…………うそ。こんな、ことが」
おぞましい。
喜びや驚きよりも先に畏怖に近い感情が駆け巡る。
どれだけの技術と執着心があれば、たった1週間でこれが出来上がるのか。
イラストからすべてを読み取って、ベルトバックルから細やかなレース、パーツの細部に至るまで一切の妥協がない。
その質感は、高級特注服と比べても遜色ないように思えた。
「っ…………」
ついさっきまで浮き足立っていた零も絶句して冷や汗を流していた。
SHADEのデザイナーだから凄いとか、もうそんなことが頭に入らないようなこの衝動は、まるで。
「ルシアン・レイヴンズクロフトのショーピースみたい」
ふと、わたくしが最も尊敬するデザイナーの名前を挙げていた。
この衣装も彼のブランドに影響を受けている。
「…………この翼、どうやってついているんでしょう?」
零が呟く、たしかに大きな四本の黒翼が形を崩すことなく備えてある。
わたくしのイラスト通りだけど、不思議。どうして?
「ふっふっふー。翼の下を見るのだね」
いつの間にか入り口に寄りかかっていた女学生がそういった。
いわれた通り、翼の下をよく見ると。
「…………!」
翼は地面から透明な支柱で支えられていた。
なるほど、こうやって支えてたんだ。
「それはおねーさんのジオラマについてたフィン・ファンネル用の透明台座から《《彼》》が思いついたアイデアなんだよー。これは静子ちゃんにとって大切な部分だから絶対にイラスト通りの翼を再現するって、諦めなかったんだから」
そんな……。
前のデザイナーさんに首を振られて、わたくしでもここの再現は諦めていたのに、彼は……こんな短納期なのに諦めずに向き合って……。
わたくしなんかは一度諦めて、今日までずっと完成を疑っていたのに、彼は想像を超える仕事をしてくれていた。
感謝か贖罪か、自然と瞳から涙がこぼれていた。
「静子……」
「ほら、泣かないのー。これからフィッティングするんだから。おねーさんが着方を教えてあげる!」
零とおねーさんはわたくしが泣きやむまで、傍にいてくれた。
「ほらー。男子禁制だよーここから先は」
「わかってますよ」
すれ違う司におねーさんが何かを伝える。
「彼はお休み中だよ。会いに行ってあげな」
◇ ◇
——ずっと憧れていたんだ。
目に焼き付いて頭から離れない。
かじりつくようにテレビを眺めたその日から。
イギリスファッション界の最高峰アワード。
その年、世界のファッションに最も影響を与えたと表彰された彼は。
若干20歳でありながら、ロンドン塔の六羽のカラスをモチーフに作られたマスターピースと共に登壇した。
十二枚のカラスの羽根に包まれて泣きとよむ修道女のような退廃的なゴシックドレス。
その狂気的なまでに洗練されたフォルムと、濁流のごときフリルの耽美に。
幼かったオレは完全に魅了され、脳を焼かれた。
青年の名は『ルシアン・レイヴンズクロフト』。
その日からずっと。
いつの日か、彼のようなデザイナーになりたいと夢見て、オレは……。
——。
————ぶ。
——————忍。
誰かの声で起こされる。
「うん……なんだもう朝か? 先輩」
「おー仲良くやってなによりだが、俺だ」
「はっ……!」
目を醒ますと知らない家だった。
ワンルームで辺り一面に脱ぎ捨てた服と雑誌とビールの缶が転がっている。
けど目の前には見知った男。
「昨日は徹夜だったみたいだな。お疲れさま」
「そうだ翼を作るのに時間がかかって、それで……」
それで、どうしたんだっけ。
カラカラと転がるビールの缶は見覚えがあり……。
「先輩の……家?」
「女の家に転がり込むとは、成長したな。忍」
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「しかもシャワーまで借りたとはな」
「えええええええええええええええええ!」
オレ、いつの間にか大人の階段を登ってたの!?
「まあそのあとは気絶するように寝たらしいが……もう夕方だ、行くぞ」
「行くって? どこに……?」
「闇ちゃんが試着してんだ。ここから大学はすぐ傍だから行くぞ」
ついでに捨ててやるか、と棚からゴミ袋を取り出して、缶のゴミと弁当の空箱を分別する司。
え……なんかこの家に慣れすぎじゃない? オレ結構先輩と仲良くしてたはずなのに。これがNTR……。
しかし、試着か。
「……気が進まないな」
「なんでだ? 着たところみたくないのか?」
司は不思議そうにいうけどさ。
「だって、気に入らなくてガッカリしてたらどうしようって思うとさ」
明石さんは本物のプロの腕に期待してお金を払ったし、メイドさんになると約束してくれたのに、渡されたのが実はオレの作ったヤツってさ。
司は頭をかかえてしばらくフリーズした。
「はぁ……本気でそんなこといってんのかよ」
「本気だよ。だってさ」
だって、オレは。
ルシアンみたいなデザイナーにはなれなかったんだから。




