第八話:「南国の港、四つ絆」
台湾祓清愛哀歌:第八話「南国の港、四つの絆」
1.カローラ・アルティス、南へ
2000年代初頭の台湾、縦貫高速道路を一台の黒いカローラ・アルティスが疾走していました。車内は、いつもの二人組に加えて、今日はさらに二人の「公僕」が同乗しており、かつてない密度となっていました。
「……いやあ、佐藤さん。急な頼みを聞いてくれて本当に助かるよ。高雄市警から『特殊事案のノウハウ共有』を求められた時はどうしようかと思ったが、君たちがいてくれるなら心強い」
後部座席で制服の襟を緩めながら、陳巡査部長が穏やかに笑いました。
「私の方も、高雄市役所の担当者から泣きつかれまして……。大同区での佐藤さんたちの実績、向こうまで噂になっているみたいですよ」
隣で林さんが、分厚い資料を膝に乗せて苦笑いします。
「実績というか、ほとんど後輩さんの胃袋の記録になってる気がしますけどね」
運転席の蓮がバックミラー越しに茶化すと、助手席でノートパソコンを開いていた美鈴が膨れっ面をしました。
「失礼ですね、先輩! 私はちゃんとホームページの更新も、現地の霊障調査も並行してるんですから。……でも、高雄の**『海之冰』**は絶対に外せませんよ!」
車内には笑い声が響きますが、窓の外に広がる高雄の景色――巨大なガントリークレーンが並ぶ港湾地区のシルエットが見えてくると、四人の表情には自然とプロの緊張感が走りました。
2.高雄港、沈黙の倉庫街
一行が到着したのは、高雄港の旧貨物ターミナル。潮風と油の匂いが混ざり合うこの場所で、不可解な事件が多発していました。
「……夜間、荷役作業中にクレーンが勝手に動き出す。それも、戦時中の軍歌のようなリズムで。作業員の間では『幽霊の荷揚げ』と呼ばれ、ボイコット寸前なんです」
現地の警察官から説明を受け、陳巡査部長が鋭い視線を向けます。「単なる故障の範囲を超えているな」
美鈴が静かに集中し、足元からシャドウを実体化させました。黒いラブラドールレトリバーの分霊は、コンクリートの床に鼻を近づけ、ある巨大な倉庫の扉の前で足を止めました。
「……いる。それも、一つや二つじゃない。先輩、この中、まるでお祭りの会場みたいに霊がひしめき合っています。でも、みんな自分の意志で動いている感じじゃない」
美鈴の言葉に、林さんが資料をめくります。「……ここ、戦時中は旧日本軍の『物資集積基地』でした。そして最近、枢栄会が関与していると思われる不審な電波がこの一帯で観測されています」
「なるほど。連中、今度は港の記憶を掘り返して、何かを『運び出そう』としているわけか」
蓮が帰真剣を手に取り、静かに鯉口を切りました。
3.四位一体の祓清
倉庫の扉を開けると、そこには異常な光景が広がっていました。
虚空を舞う無数のコンテナ。それらを操っているのは、電子的なノイズを纏った旧日本軍兵士や現地の徴用工たちの霊でした。彼らの背中には、志豪が仕掛けたと思わしき「電脳の呪詛」が黒いコードのように繋がっています。
「陳さん、林さん! 二人は入口の封鎖と、現地の警察・行政への状況報告をお願いします。ここは俺たちが!」
「了解した、佐藤さん。李さん、無理はするなよ!」
陳巡査部長が腰の無線機を手に取り、林さんは即座に市役所のバックアップ体制を構築します。二人の迅速な「官」の対応が、蓮たちに背後を任せる安心感を与えました。
「シャドウ、影を広げて! 呪詛のコードを物理的に遮断するわ!」
美鈴が命じると、シャドウが巨大な影となって床を這い、霊たちに繋がる黒い糸を次々と踏みつけ、その動きを止めます。
「見えたぞ。……道法自然、破邪顕正!」
蓮が八極拳の力強い踏み込みと共に、中央に設置された「信号増幅器」へと帰真剣を振り下ろしました。符術の光が炸裂し、兵士たちを縛っていたデジタルの鎖が弾け飛びます。
「……本来の場所へ、還るがいい」
蓮の送魂が始まると、荒れ狂っていた霊たちは一瞬で静まり返りました。彼らはかつての仲間と肩を組み、潮騒に溶けるように、静かに光の中へと消えていきました。
4.エピローグ:港の夜風と「熱炒」
事件解決後、四人は高雄港が見渡せる海沿いの「熱炒」――台湾式の海鮮居酒屋にいました。
「いやあ、素晴らしい連携だった。行政と警察、そして技術者が手を取り合えば、どんな困難も解決できる。それを改めて実感したよ」
陳巡査部長が、冷えたビール(蓮は運転のためお茶ですが)のグラスを掲げます。
「本当に。私たちの仕事は、こうして現場で頑張る皆さんの『道』を作ることですから」
林さんも、眼鏡を拭いながら満足そうに微笑みました。
テーブルには、高雄名物の「イカの口の唐揚げ」や「アサリのバジル炒め」、そして新鮮な刺身が所狭しと並んでいます。
「先輩、見てください! この海鮮の鮮度! 台北ではなかなかこうはいきませんよ」
美鈴がエビの殻を剥きながら、幸せそうに頬を緩めます。
「ああ。だが、今回の件で枢栄会の狙いも少し見えてきた。連中は『門』を探すために、台湾中の古い軍事拠点を刺激している」
蓮は帰真剣を傍らに置き、夜の高雄港を見つめました。クレーンのライトが海面に反射し、美しい夜景を作っています。
「……でも、この街の平和を守る仲間が四人になった。それは、何よりの収穫だな」
「先輩、いいこと言った風にしてますけど、最後の一本のエビ、私が食べますからね!」
「あ、こら! それは俺の……!」
賑やかな笑い声が、南国の夜風に乗って、穏やかな海へと流れていきました。
次回、第9話。




