第九話「ハイウェイの迷い子、追憶の霧」
台湾祓清愛哀歌:第九話「ハイウェイの迷い子、追憶の霧」
1.帰路の静寂とサービスエリア
高雄での合同捜査を終え、黒のトヨタ・カローラ・アルティスは北へ向かって夜の高速道路(国道一号線)を走っていました。車内には、心地よい疲労感と、事件を解決したという静かな連帯感が漂っています。
「……いやあ、高雄の海鮮は本当に美味しかった。次はプライベートで行きたいくらいだ」
後部座席で陳巡査部長が満足そうに背もたれに体を預けます。隣では林さんが、今回の事案をまとめた報告書の最終チェックをしていました。
「佐藤さん、運転代わりましょうか? ずっとお一人で大変でしょう」
林さんの気遣いに、蓮はバックミラー越しに笑って首を振りました。
「大丈夫です。八極拳の呼吸法で体幹を整えていますから、集中力は切れません」
助手席の美鈴は、膝の上でノートパソコンを開き、高雄での祓清記録をブログに下書きしていました。
「『高雄港の夜風と、救われた魂たち』……っと。よし、写真は後でプライベート保護のフィルターをかけて……。あ、先輩、次のサービスエリアで止まってください。シャドウも少し外の空気を吸いたいみたいですから」
足元のシャドウが「ワン」と短く鳴き、同意を示しました。一行は、霧が立ち込め始めた西螺サービスエリアへと滑り込みました。
2.サービスエリアの「異変」
2000年代初頭の深夜のサービスエリアは、オレンジ色の街灯の下、長距離トラックのエンジン音が低く響く独特の雰囲気を持っていました。しかし、車を降りた瞬間、美鈴の表情が曇りました。
「……何か変です。霧の中に、誰かの視線を感じる。それも、すごく古い時代の……」
シャドウが霧の深い植え込みに向かって、低く唸り声を上げました。
「後輩さん、何が視える?」
蓮が帰真剣を手に取り、警戒を強めます。陳巡査部長と林さんも、瞬時にいつもの「仕事の顔」に戻り、周囲の安全を確認しました。
「……女の子です。ボロボロの綿入れを着て、片方の靴を失くしてる。霧の中をずっと走ってるわ。誰かを探して……」
美鈴の視線の先、霧の向こうから、ガタガタと震えるような音が聞こえてきました。それはかつての旧日本軍のトラックが、泥道を走るような異質な音でした。
「林さん、ここの土地の履歴を!」
「……ええ、すぐに! 待って……ここは戦時中、日本軍の臨時飛行場への誘導路だった場所です。空襲から逃れようとした子供たちが……」
3.霧を裂く送魂
その瞬間、霧が急激に濃くなり、サービスエリアの照明がチカチカと点滅を始めました。子供の泣き声が、スピーカーから流れるノイズのように響き渡ります。
「お母ちゃん……どこ……暗いよ……」
霊障による強い催眠効果が、一行を襲いました。陳巡査部長と林さんが、一瞬ふらりと膝をつきます。
「くっ……意識が……!」
「先輩、今です! 彼女、自分の『家』に帰る道を探して、このハイウェイをずっと彷徨ってる!」
蓮は美鈴の指し示す方向――何もない霧の塊――に向かって、勢いよく符を投げ放ちました。
「道法無辺、太上律令! 迷える魂、本来の場所へ還れ!」
蓮の帰真剣が霧を切り裂き、浄化の光が奔ります。蓮には子供の姿は視えませんが、美鈴の震える声とシャドウの動きで、その存在を確かに感じ取っていました。
「君が探している人は、もう先へ行っている。……ここは君の居場所じゃない。道を作ってやる、迷わず行け!」
蓮の渾身の送魂が発動し、霧の中に一筋の眩い「道」が現れました。
美鈴の目には、女の子が振り返り、ニコリと笑ってその光の中へと駆け込んでいくのが見えました。同時に、立ち込めていた不気味な霧は、嘘のように晴れていきました。
4.エピローグ:夜明け前の「弁当」
「……ふぅ。まさか帰り道にまで仕事が待っているとはね」
陳巡査部長が乱れた制服を整え、苦笑いしました。
「でも、あの子もこれでようやくお母さんに会えますね。林さん、ここの事案も記録しておいていただけますか?」
美鈴が言うと、林さんは力強く頷きました。
一行は、サービスエリアの売店で、深夜の定番である「台鉄弁当」風の駅弁を買い込みました。
木の箱に詰められた、甘辛く煮込まれた大きな豚肉(排骨)と、煮卵、そしてたくあん。
「はふっ、もぐもぐ……。やっぱり、戦った後の排骨飯は最高です。先輩、一口あげませんよ?」
「わかってるよ。俺はこっちの煮卵があれば十分だ」
車内で四人、温かいお茶と共に弁当を突つく時間は、何物にも代えがたい「家族」のような温もりに満ちていました。
夜明け前の高速道路。
台北の街明かりが見えてくる頃、二人のバディ、そして頼もしい協力者たちの絆は、さらに深く、固く結ばれていくのでした。




