第七話「電子の呼び声、路地裏の熱」
台湾祓清愛哀歌:第七話「電子の呼び声、路地裏の熱」
1.掲示板の「おまじない」
2000年代初頭、台北の街角には「網咖」と呼ばれるインターネットカフェが急増していました。薄暗い店内に並ぶ巨大なCRTモニターの群れは、若者たちの新しい溜まり場であり、同時に「視えない悪意」が芽吹く温床でもありました。
「……先輩、これ。大同区のローカル掲示板で見つけました」
双霊相談事務所。李美鈴が眉をひそめ、プリントアウトした紙を佐藤蓮に差し出しました。そこには『商売繁盛の秘法』と題された、奇妙な手順が記されていました。
「特定の時間に特定の路地で、携帯電話の電源を切らずにこの呪文を唱える……か。ずいぶん現代的だな」
蓮は八極拳の套路で火照った体を冷ましながら、その紙を眺めました。
「ええ。でも、この呪文の韻……どこか旧日本軍の軍歌や、古い暗号文のような規則性があるんです。林さんからも相談がありました。最近、この『おまじない』を試した露店商たちが、急に原因不明の幻聴に悩まされているって」
2.路地裏の糸
二人は依頼のあった、迪化街の裏路地へと向かいました。
そこは古い問屋街の喧騒から切り離された、湿った沈黙が支配する場所でした。蓮には何も感じ取れませんが、美鈴の目には「異常」がはっきりと映っていました。
「……いた。先輩、電柱の影!」
美鈴が短く唱えると、彼女の影からシャドウが飛び出しました。黒いラブラドールレトリバーの姿をした分霊は、空間に浮遊する「目に見えない糸」のようなものを咥え、引きずり出そうと踏ん張ります。
「これは……幽霊じゃない?」
「ええ。誰かが意図的に配置した、霊的な『集音器』みたいなものです。通行人の生気を少しずつ吸い上げて、どこか一箇所に送信してる……」
美鈴の指摘通り、その糸の先は空中に溶け込み、複雑な回路のように街のあちこちへ伸びていました。
蓮は帰真剣を抜き、シャドウが固定した「糸」の根元を見据えました。
「姿は見えんが、悪趣味な仕掛けだ。……断ち切らせてもらうぞ」
蓮の剣が、道教の符術を纏って閃きました。物理的な感触はないはずなのに、空間が「パチン」と弾けるような乾いた音が響き、まとわりついていた不快な湿り気が一気に霧散しました。
3.枢栄会の計算
その頃、台北市内の古いマンション。
張志豪は、緑色の文字が流れるモニターを凝視していましたが、突然画面にノイズが走り、データ通信が途絶しました。
「……まただ。大同区の『観測点』が潰された」
志豪は苛立たしげにキーボードを叩きました。彼の机には、茶色く変色した旧日本陸軍の無線技術に関する極秘資料が広げられています。
「僕の構築した霊的ネットワークを、これほど正確に狙い撃ちしてくるなんて……。あの『双霊』とかいう事務所の連中、思っていたより鼻が利くらしい」
背後のソファで、ファッション雑誌をめくっていた姉の麗華が、退屈そうに口を開きました。
「ねえ志豪、あんたの実験のせいで『おまじないマニュアル』の購入者から苦情が来てるわよ。報酬の振り込みが遅れるのは困るわ。もっと目立たないようにやりなさいよ」
「……わかっているよ、姉さん。これはあくまでテストだ。門の正確な位置を特定するためのね。……邪魔者は、いずれ排除する」
志豪の瞳に、冷徹な計算が宿りました。
4.エピローグ:炸醤麺の味
現場の「糸」を全て処理した頃、台北の街はすっかり夜の帳に包まれていました。
「ふぅ……。幽霊を祓うのとは、また違う疲れ方ですね」
美鈴が肩を回しながら呟きました。
「ああ。相手が何者かはわからないが、技術だけは一級品だ。……さて、後輩さん。頭を使った後は、腹に溜まるものがいいな」
二人が立ち寄ったのは、地元の人で賑わう小さな麺料理屋でした。
注文したのは、たっぷりの肉そぼろと豆板醤が香る**「炸醤麺」**。
コシのある太麺に、濃厚な餡をしっかり絡めて口に運びます。添えられたキュウリの千切りが、火照った口内に爽やかなアクセントを添えてくれました。
「おいしい……。やっぱり、デジタルよりこっちの方が確実ですね」
美鈴が麺を啜りながら、ようやく笑顔を見せました。
「まったくだ。見えない敵だか呪詛だか知らないが、俺たちの街を荒らすなら、何度でも剣を振るうまでだ」
蓮は冷たいお茶を飲み干し、夜の台北の喧騒に耳を澄ませました。
科学とオカルト、そして欲望が混ざり合うこの街で、新たな火種が燻り始めていることを、彼らはまだ知りませんでした。
次回、第8話をお楽しみに。




