第六話「古都の残影、熱帯の迷宮」
台湾祓清愛哀歌:第六話「古都の残影、熱帯の迷宮」
1.南下、古都台南へ
2000年代初頭の台湾高速道路。黒のトヨタ・カローラ・アルティスは、熱気を切り裂きながら南へと走っていました。
「……先輩、エアコンの効きが甘くないですか? 南部に近づくにつれて、外気温がどんどん上がってる気がします」
助手席の李美鈴が、首元に保冷剤を当てながらiMacの代わりに持ち込んだノートパソコンを睨んでいます。
「仕方ないだろ、これが南国の洗礼だ。……しかし、林さんからの紹介とはいえ、台南の寺院から直々に依頼が来るとはな」
佐藤蓮はサングラス越しに、どこまでも続く緑のヤシの木を眺めました。今回の依頼は、台湾で最も歴史ある街、台南。仏教の総本山とも言える古い寺院の住職から、「自分たちの手には負えない奇妙な霊障が起きている」という異例の相談でした。
2.古びた製糖工場の「記憶」
台南に到着した二人が案内されたのは、街外れにある広大な旧製糖工場の跡地でした。日本統治時代に建てられた赤レンガの建物は、夕闇の中で巨大な怪物の死骸のように沈黙しています。
「……ここ、普通の幽霊の溜まり場じゃないわ。先輩、気をつけて。空気が『凍りついて』る。時間は流れているのに、ここだけ何十年も前から止まっているみたい」
美鈴の足元から、シャドウがヌッと姿を現しました。黒いラブラドールレトリバーの分霊は、工場の錆びついた大扉に向かって、低く、威嚇するように喉を鳴らしました。
「林さんの資料によれば、ここは戦時中、日本軍の軍需物資の集積所だったらしい。……実験場(門)に関わる何かが、ここに運び込まれていた可能性があるな」
蓮が帰真剣を握ると、工場の中から「キィ……キィ……」と、金属が擦れるような、あるいは誰かのすすり泣きのような音が響いてきました。
3.道教とケルトの共鳴:残照の祓清
工場内部。美鈴の視界には、無数の「半透明の兵士たち」が、今もなお存在しない荷物を運び続けている異様な光景が映っていました。彼らは自分たちが死んだことさえ気づかず、終わらない作業を繰り返しています。
「先輩、彼らは悪意でここにいるんじゃない。誰かが……枢栄会の仕業かもしれないけど、電子的な信号で彼らの意識をこの場所に『固定』しているんです! だから成仏できない!」
美鈴が叫び、シャドウが兵士たちの足元を影縫いで固定します。
「なるほど、デジタルの鎖か。なら、俺がその鎖を叩き斬る!」
蓮は八極拳の踏み込みを利用し、工場の中心に据えられた古い無線機らしき機械――そこに纏わりつく禍々しい呪詛の霧――へと突進しました。
「道法自然、太上律令! 迷える魂、本来の場所へ還れ!」
蓮の帰真剣が弧を描き、機械に刻まれていた枢栄会のものと思われる「呪詛の回路」を物理的・霊的に破壊しました。その瞬間、兵士たちの姿が夕陽のような柔らかな光に包まれ、一人、また一人と、安らかな表情で消えていきました。
4.エピローグ:古都の夜と、とろける甘さ
「……ふぅ。台南の霊障は、台北より『重み』がありますね。歴史の層が厚いというか」
美鈴が額の汗を拭いながら、ようやく緊張を解きました。
「ああ。だが、救える魂があるなら、どこまでだって車を出すさ」
蓮はそう言いながら、寺院の住職からお礼にと教えられた、地元で評判の屋台へと美鈴を連れて行きました。
並んだのは、台南名物の「担仔麺」と「棺材板」。
エビの出汁が効いた小ぶりの麺と、揚げパンの中に濃厚なクリームシチューを詰めた「棺桶パン」という不思議な料理。
「……んん! 先輩、このシチュー、すごく甘くてクリーミー! 台南の料理は甘いって聞いてましたけど、疲れが吹き飛びますね」
「はは、確かに。シャドウの分も、何か美味しいものを探さないとな」
夜の台南。赤レンガの街並みには、台北とは違う、どこか懐かしく温かな風が吹いていました。
次回、第7話をお楽しみ




