番外編「記憶の交差点(クロッシング)」
台湾祓清愛哀歌:番外編「記憶の交差点」
1.横浜:師匠と「送魂」の才
2000年代初頭の日本。就職氷河期の真っ只中、大学生だった佐藤蓮は、横浜中華街の片隅にある古びた雑貨店でアルバイトをしていました。
店主のマーカス・魏は、アフリカ系アメリカ人の血を引く大男ですが、中身は生粋の道士。
「レン、今日の依頼は山手の古い洋館だ。助手としてついてこい。お前は視えなくていい、ただ俺の指示通りに符を貼ればいい」
現場で蓮が目にしたのは、荒れ狂う悪霊を軽々と組み伏せるマーカスの姿でした。しかし、最後に霊を浄化し、彼岸へ送る段になって、マーカスは苦笑しました。
「……俺の術じゃ、こいつを完全に『納得』させて送るには力が強すぎる。レン、お前がやってみろ。俺が教えた通りに」
霊感がほとんどない蓮は、ただマーカスが指し示す「虚空」に向かって、教わったばかりの送魂の真言を唱えました。
その瞬間、荒れ狂っていた気配が、まるで春風に溶けるように消えていきました。
「……恐ろしい才能だな。視えないくせに、出口(門)を作るセンスだけは天才的だ」
マーカスはアメリカへの帰国が決まった際、蓮にこう告げました。
「日本にいても、この仕事で食っていくのは難しい。本気でやるなら台湾へ行け。あそこには今、お前のような力が必要な『闇』がある」
2.香港:魔女と「分霊」の絆
同じ頃、返還後の喧騒に揺れる香港。
幼い李美鈴は、毎夜のように部屋の隅に立つ「視えない住人」に怯えていました。
そんな彼女を救ったのが、翻訳家として滞在していた英国人女性、イザベラでした。
「メイリン、怖がることはないわ。その力は呪いではなく、ギフトなのよ」
イザベラはケルトの古い知恵を美鈴に授けました。自分の魂の一部を切り離し、守護者を作り出す術――「分霊」。
美鈴は、大好きだった絵本に出てくる、賢くて勇敢な黒い犬を思い浮かべました。
それが、シャドウの誕生でした。
それから数年後、美鈴はイザベラから一冊の本を手渡されました。それはケルト魔術の古文書でした。
「イザベラ、どうして私にこれを?」
「私はもうすぐスコットランドに帰るわ。でも、あなたはこれからも視え続ける。……もし、その力を誰かのために使いたいと思うなら、台湾の大学へ行きなさい。あそこは今、世界で一番『霊』と『人』の距離が近い場所だから」
3.台北:運命の「先輩・後輩」
台北にある大学の語学センター。
蓮は、慣れない中国語(台湾華語)の教科書を広げ、溜息をついていました。
「……就職浪人の末に台湾留学か。俺の人生、どこへ向かってるんだ?」
そこへ、一人の女子学生が迷いなく近づいてきました。
「あなたが、日本から来た『送魂』ができる留学生? 事務局の掲示板で見ました」
それが、美鈴でした。
「ええと……佐藤蓮です。君は?」
「李美鈴。香港出身です。……佐藤さん、あそこの木の下に、ずっと私たちを見てる子がいます。視えますか?」
「いや、さっぱり」
「……ふふ、やっぱり。私が『目』になります。あなたは『道』を作ってください。組まない理由がありませんよね?」
蓮は困惑しながらも、彼女の真っ直ぐな瞳に圧倒されました。
「わかった。……じゃあ、俺の方が少し年上だし、大学でも少しだけ先に入学してるから、一応『先輩』でいいかな?」
「いいですよ。じゃあ、私は『後輩』ですね、先輩!」
エピローグ:そして現在へ
「……っていうことが、あったわよね」
事務所で、美鈴がiMacに保存された古い写真――二人が初めて国家資格の登録証を受け取った時の写真――を眺めながら呟きました。
「ああ。あの時、君に声をかけられなきゃ、俺は今頃日本で途方に暮れてたよ、後輩さん」
蓮は帰真剣の手入れを終え、窓の外の台北の夜景を見上げました。
「さて、思い出話は終わりだ。次の依頼メールが来てるぞ。林さんからだ、今度は士林の夜市で変な噂があるらしい」
「了解です、先輩! シャドウ、行くわよ!」
二人の絆は、過去から未来へと続く、視えない「門」のように固く結ばれていました。




