第七十八話「公共と秩序と裏社会と特ダネの交差点」
エピソードを80エピソードまで達成出来ました。100エピソードを目指して頑張ります。今後もよろしくお願いいたします。
台湾祓清愛哀歌 第七十八話「公共と秩序と裏社会と特ダネの交差点」
1.平穏な日の裏側
台北市大同区、双霊相談事務所のシャッターは、この日に限って固く下ろされていた。佐藤蓮は車のメンテナンス、李美鈴はパソコンのパーツの取り寄せのために、今日は二人揃って不在である。
「やれやれ、あの二人がいないと、この事務所は寂しい場所だな」
ソファにどっかりと腰を下ろしたのは、裏社会を知り尽くす探偵・呉だった。手にはいつものくわえタバコ(火はつけていない)。
その向かいのパイプ椅子に上品に腰掛けているのは、台北市役所の女性官僚・林だ。彼女は手元のノートパソコンを操作しながら、冷ややかな笑みを浮かべた。
「二人が出払っているからこそ、私たち行政と実務者で情報共有の場が必要なのよ。特に、最近の霊障の発生傾向についてね」
「まあまあ、そう固いこと言わないでくださいよ、林さん。今日は『特ダネの匂い』がするから集まったんですから!」
事務所の隅に陣取っていたオカルト雑誌の記者・黄が、一眼レフカメラのレンズを磨きながら目を輝かせた。
そして、部屋の窓際に腕を組んで立っていた警察官・陳が、低く渋い声で口を開いた。
「佐藤君たちがいない現場で、私たちだけで動くのは原則としてご法度だ。だが……管轄外の萬華で、妙な噂が流れているのも事実だ。二人が動けない今、行政の『役人』と、そして民間の『情報屋』たちが連携を確かめておく意味はある」
佐藤蓮も李美鈴もいない。 プロの祓い屋抜きの状態で、警察、市職員、探偵、記者の四人が揃うという、極めて異例の作戦会議がこうして幕を開けた。
2.萬華の不可解な「落書」
「で、その萬華で何が起きているんです?」
呉がタバコを指先で回しながら訊ねた。
林がノートパソコンをテーブルの中央に置いた。そこに映し出されていたのは、古い下町のシャッターや電柱に描かれた、見覚えのない奇妙な幾何学模様の落書きだった。
「先週から、萬華の古い問屋街のあちこちに、この落書きが夜な夜な現れているの。防犯カメラには誰も映っていない。さらに、この落書きに近づいた若者たちが、一時的に『過去の幻聴』を聞いてパニックを起こす事例が複数発生しているわ」
「落書きそのものが一種の呪術的な触媒になっている、というわけですか」
黄が身を乗り出し、画面の写真を食い入るように見つめた。
「私の『幽玄』の読者からも、似たような噂がタレコミで入ってます! 昭和や日本統治時代の古い『記憶』を吸い取る落書きだって噂されてるんです!」
陳が眉間を抑え、難しい顔をした。
「警察としても放置できん。だが、これがただの悪戯なのか、それとも呪術の類なのか、判断がついていない。現場の裏路地は警察の無線や巡回だけでは死角が多い」
「だから、私の情報網と、黄さんのフットワーク、そして林さんの行政権限と陳さんの聞き込み捜査を合わせて、今日の昼の内に現地を洗い出そうってわけだ」
呉がニヤリと笑った。
「あいつら(蓮と美鈴)が帰ってくる前に、スマートに種明かしをしておくのも悪くない」
3.それぞれの役割
四人はすぐに現場である萬華の裏路地へと向かった。 昼間の萬華は、古い赤レンガの建物と下町の活気に満ちているが、一歩路地裏に入ると、陽の光が届かないジメッとした空気が漂う。
「ここだ。例の落書きが最初に発見されたのは」
陳が古い壁を指さす。 近づくと、確かにスプレーのようなもので描かれた不気味な幾何学模様が残っていた。霊感のない陳や呉にはただの落書きに見えるが、林がわずかに眉をひそめる。
「……なんだか、頭の奥が締め付けられるような、変な気配がするわね」
「流石は官僚殿、霊的な悪寒に対する感度がいい」
呉が路地を見渡し、自分の情報屋としての勘を働かせる。
「この落書き、描かれている場所の共通点に気づいたか? 全部、昔の写真館や、古いレコード店があった跡地の壁だ」
「つまり、場所の『記憶』を誰かが意図的に引き出すために、この模様を使っている……!」
黄が一眼レフを構え、ファインダー越しに壁の模様を覗き込んだ。
「レンズを通すと、模様の周りが微かに澱んだ紫色に発光しています! これは……呪符の簡易版みたいなものだ!」
「やっぱり、悪質な模倣犯か、あるいは呪術の実験だな」
陳が懐から手帳を取り出し、周囲の防犯カメラの位置を素早く確認する。
「呉さん、この模様を描いた『人間の足取り』を君の情報網で洗えるか? 霊的なことは佐藤君たちに任せるしかないが、犯人が人間である以上、足跡は残るはずだ」
「任せな。裏社会のゴロツキどもに『変なスプレーを売った奴はいないか』って鼻を利かせれば、半日でお釣りが来るさ」
呉が不敵に笑う。
「黄さんはその落書きの詳細な写真を全箇所分集めてくれ。記事にするのは自由だが、まずは警察と行政にデータを回してくれ」
「えー、特ダネなのに? ……分かりましたよ、今回は協力します!」
黄がぶーたれながらも、カチカチとシャッターを切っていく。
「私は市役所の権限を使って、この一帯の古い建築台帳と、最近この周辺をウロついていた不審な不動産業者のリストを洗うわ」
林がテキパキと指示を飛ばした。 警察の捜査、探偵の情報網、記者の執念、そして行政のデータ。祓い屋の二人(蓮と美鈴)がいなくても、この街の治安と秩序は、彼ら「持たざる者たち」のプロ意識によってしっかりと支えられていた。
4.それぞれの流儀と待ち時間
数時間後、一通りの現場検証と証拠集めを終えた四人は、萬華の喧騒から少し離れた、静かな老舗の茶館のテラス席に落ち着いていた。
テーブルの上には、温かい高山茶と、甘いパイナップルケーキが並んでいる。
「ふう、いい汗かいたな。まさか私たちだけでここまで綺麗に事件の端緒を掴めるとは思わなかったぜ」
呉が湯飲みに口をつけながら、満足そうに息を吐いた。
「当然よ。私たちはただの一般人じゃないわ。この台北の街をそれぞれの立場で回しているプロだもの」
林が優雅に茶を飲み、目を細めた。
「あとは、集めたデータを明日事務所に戻ってくる佐藤君と李さんに渡せば、彼らが綺麗に『元凶』を叩き出してくれますね!」
黄がパイナップルケーキを頬張りながら嬉しそうに言った。
「ああ。あの二人が戻ってきたとき、すでに事件の9割が解決していたら、どんな顔をするか、今から楽しみだな」
陳が珍しく冗談めかして笑い、四人の間に穏やかな笑い声が広がった。
霊と戦うことはできない。しかし、この街で生きる人間としての誇りと知恵がある。 蓮と美鈴という「最強の盾」が不在の隙間を埋めるように、官僚、警察、探偵、記者の連携は、台北の街を今日も静かに、そして確実に守り続けていた。
今後は週末(金、土、日のいずれか)に2話づつ投稿していく予定です。




