第七十話「ファインダー越しの真実と迷子の行方」
台湾祓清愛哀歌 第七十話「ファインダー越しの真実と迷子の行方」
1.招かれざる密着取材
「へええ! 佐藤先生は毎日、その中国武術の型をやってらっしゃるんですね! 霊的なエネルギーを高めるためですか!?」
双霊相談事務所に、シャッター音と共に甲高い声が響き渡った。 声の主は、フリーの若手記者、黄という小柄な女性だ。手にした一眼レフカメラを構え、八極拳の套路(型)を終えたばかりの佐藤蓮にぐいぐいと迫っている。
「いや……これはただの心身の健康管理と、いざという時に剣を振るための体力作りだ。霊的なエネルギー云々ではない」
蓮は首に巻いたタオルで汗を拭いながら、面倒くさそうに溜息をついた。
「ええっ、そうなんですか!? もっとこう、宇宙の気を取り込んでいるとか……。あ、李先生! 李先生の使っているパソコンは、やっぱり霊界のネットワークと繋がっていたりするんですか!?」
今度はターゲットを変え、デスクでiMacに向かっている李美鈴にカメラが向けられる。
「繋がりませんよ。ただのHTMLで作った自作のホームページです」
美鈴は苦笑いしながら、キーボードを叩く手を止めた。足元では、分霊の黒犬・シャドウが、見慣れない記者の周りをクンクンと嗅ぎ回っている。
台湾では、霊の存在が科学的・法的に認知され、祓清(除霊)は国家公認の職業となっている。最近、市役所からの依頼で難事件を立て続けに解決した二人の活躍が局地的に話題となり、台湾のオカルト専門誌『月刊・幽玄』の依頼を受けた黄というフリーの若手記者の密着取材に繋がったのだ。
「期待していたようなオカルトチックな絵が撮れなくて悪いな。俺たちの仕事は、地道な調査と物理的な泥臭い作業がほとんどなんだ」
蓮が帰真剣の手入れを始めようとしたその時、事務所の古いドアが「ギィ」と鳴って開いた。
「お邪魔するよ。……おや、取り込み中だったかな」
現れたのは、くたびれたトレンチコートを着た中年の男だった。タバコの匂いを漂わせるその男は、台北の裏路地で探偵事務所を営む呉という探偵だった。
「呉さん? 珍しいですね、探偵さんがうちに来るなんて」
美鈴が立ち上がって出迎える。呉は帽子を取り、頭を掻きながら言った。
「実は、厄介な人探しの依頼を抱えていてね。家出人の捜索なんだが、どうも……『そっち』の専門家の手が必要らしいんだ。協力してくれないか?」
「そっち、というと、霊障絡みですか?」 蓮の問いに、呉は重々しく頷いた。
「ああ。失踪現場に、妙な『音』と、凍りつくような『寒気』が残っていた。私の手に負える領域じゃない」
その言葉を聞いた瞬間、黄記者の目がカッと見開かれた。
「人探しに霊障事件! これ、最高の特ダネの匂いがします! 私も同行させてください!!」
こうして、道士、魔女、探偵、そして雑誌記者の奇妙な四人組による合同捜査が幕を開けた。
2.痕跡と影
失踪したのは、台北市内の大学に通う女子大生だった。呉探偵の案内で四人がカローラ・アルティスで向かったのは、郊外にある緑豊かな山のふもと、古い廃病院の跡地だった。
「彼女はオカルトスポット巡りが趣味だったらしくてね。ここに来るという書き込みをネットに残して、三日前から足取りが途絶えている」
呉がトレンチコートのポケットに手を突っ込みながら説明する。
黄記者は「廃病院! 雰囲気最高ですね!」とシャッターを切りまくっていた。
「気をつけろ。霊界への『門』が開いて以来、こういう場所は本当に陰の気が溜まりやすくなっている」 蓮が注意を促す横で、美鈴が翠色の瞳を閉じ、ケルト系魔術の知覚を広げた。
「……シャドウ、どう?」 美鈴の問いかけに、黒犬のシャドウが廃病院の地下へ続く階段に向かって、低く「グルル……」と唸り声を上げた。
「地下ですね。かなり強い未練と、それに引き寄せられた複数の低級霊の気配を感じます。……彼女の『生者の気配』も、微かにですが地下からします。まだ生きています!」
美鈴の言葉に、呉探偵の顔に安堵の色が浮かぶ。
「よし、行くぞ。呉さんは黄さんを守って後ろからついてきてくれ。後輩さん、周囲の警戒を頼む」 「了解です、先輩!」
蓮を先頭に、四人は暗く湿った地下階段を下りていった。 地下室の扉を開けた瞬間、黄記者が「ひっ」と短い悲鳴を上げた。室内の空気が異常に冷たく、壁には無数の「人間の顔の形をした黒い染み」が蠢いていたのだ。
部屋の奥の手術台の上に、気を失った女子大生が横たわっている。そしてその周囲を、白衣を着た半透明の霊体が何体も囲み、彼女の生気をゆっくりと吸い取っていた。
『カンジャサン……チリョウヲ……ツヅケマショウ……』
「昔ここで行われていた治療の残滓が、霊界の影響で歪んで定着した地縛霊か」
蓮は状況を即座に把握し、行動を開始した。
3.四人の共闘
「シャドウ、彼女から霊を引き離して!」
美鈴が叫ぶと同時に、シャドウが俊敏な動きで手術台へ飛び乗り、白衣の霊たちに向かって吠え立てた。霊たちがシャドウに気を取られた隙に、呉探偵が駆け寄る。
「嬢ちゃん、しっかりしろ!」
呉が女子大生を抱え起こすが、彼女の足元には霊障の黒い霧が蔦のように絡みつき、引きずり込もうとしていた。
「カメラは回しとけよ、黄さん。ただし、絶対に結界の外に出るな」
蓮は黄記者に短く告げると、懐から符を取り出し、八極拳の素早い歩法で部屋の四隅を駆け抜けた。
「道法無辺、急々如律令!」 四隅に貼られた符が眩い光を放ち、地下室全体を包み込む結界が完成する。霊たちの行動範囲が制限され、女子大生に絡みついていた霧がパチンと弾け飛んだ。
「今だ、呉さん!」 「おう!」 呉探偵は女子大生を背負い、結界の安全地帯にいる黄記者の元へ退避した。
『ニガサナイ……ワタシタチノ……カンジャ……!』
獲物を奪われた霊たちが激昂し、合体して一つの巨大な怨念の塊となって蓮へ襲いかかる。蓮には霊の正確な姿は視えないが、巨大な冷気の塊が迫ってくる感覚は肌で感じ取れていた。
「先輩、右斜め上からです!」 美鈴の的確なナビゲートを受け、蓮は静かに息を吐き、姿勢を低く落とした。
霊の塊が蓮を飲み込もうとした瞬間、彼は上方へ向かって跳躍し、空中で帰真剣を抜き放った。
「帰真――本来の姿へ還れ!」
美鈴の指示した核のポイントへ向け、迷いのない一閃が振り下ろされる。 剣の軌跡が光の尾を引き、怨念の塊を真っ二つに斬り裂いた。
甲高い悲鳴と共に、霊障の霧が浄化され、光の粒子となって消散していく。地下室の異常な冷気が嘘のように引き、外からの生ぬるい風が流れ込んできた。
4.打ち上げの乾杯
数時間後。 無事に保護された女子大生を病院へ送り届け、四人は台北市内の賑やかな熱炒(ルーチャオ・台湾式居酒屋)のテーブルを囲んでいた。
「いやあ、素晴らしい連携でした! 佐藤先生の剣さばき、バッチリ写真に収めましたよ! 次号のトップ記事は『実録・闇を斬る現代の道士と魔女!』で決まりです!」
黄記者が興奮冷めやらぬ様子で、台湾ビールのグラスを掲げた。
「顔写真はぼかしてくれよ。あまり目立つと面倒な依頼が増えるからな」
蓮は苦笑しながら、烏龍茶のグラスを傾けた。
「何言ってるんですか先輩! 宣伝になるんだからいいじゃないですか。ねえ、呉さん!」
美鈴がエビの塩茹での殻を剥きながら探偵に同意を求める。
「ははは。今回はあんたたちに助けられたよ。私一人じゃ、あの子を連れ帰ることはできなかった。探偵の意地として、報酬は弾ませてもらうよ」
呉が美味そうにビールを煽り、目尻にしわを寄せて笑った。足元では、シャドウがご褒美の茹で肉をもらって嬉しそうに尻尾を振っている。
「祓清と探偵、それに雑誌記者。妙な組み合わせだったが、悪くない仕事だったな」
蓮の言葉に、全員が笑顔で頷いた。
2000年代初頭、幽霊が実在する台北の街。 科学では割り切れない影が潜むこの街で、彼らの騒がしくも温かい日常は、これからも続いていく。




