第六十七話「陰謀の糸と路地裏の再会」
台湾祓清愛哀歌
第六十七話「陰謀の糸と路地裏の再会」
1.線と線が繋がる時
台湾四大心霊スポットを巡る過酷なバスツアートラブルから数日後。 双霊相談事務所のソファには、重苦しい沈黙が降りていた。
「……間違いない。あの悪徳旅行会社の裏で糸を引いていたのは、奴らだ」
警察の制服に身を包んだ陳巡査部長が、テーブルに置かれた捜査資料を指差した。
「海外を経由した複雑な資金洗浄の手口。これは『枢栄会』の張麗華が得意とするパターンです。そして何より……」
市役所の林担当員が、エセ霊媒師が使っていた陣の図面を開示する。
「これを見てください。ただのデタラメだと思っていたこの陣……先日の『台北101』の床に残されていた陣と、術式の構成が完全に一致しています」
その言葉に、李美鈴はハッと息を呑んだ。
「じゃあ、あの心霊バスツアーは……素人を騙して金儲けをするのが目的じゃなくて……」
「ああ。恐怖と絶望で各地の霊障を意図的に『活性化』させ、そのエネルギーを少量の霊媒に吸わせて回収するための実験だったんだ」
佐藤蓮が、静かな怒りを込めて呟いた。 海外へ逃亡していたはずの狂気の呪詛師・張志豪と、その姉・麗華。霊障をビジネスにする最悪の姉弟、枢栄会が確実に台湾の裏社会へ戻ってきている。
ピロリン、と事務所のiMacが静かに通知音を鳴らした。
「林さん。万華ワンホワ区の古い路地裏で、局地的な霊障反応です。規模は小さいですが……異常なほど密度が高い」
美鈴の報告に、蓮は壁の『帰真剣』を手に取った。
「もし奴らだとしたら、罠の匂いがするな。……だが、無視するわけにはいかない」
2.静かなる狂気との再会
夜の万華区。古い赤レンガの建物が並ぶ剥皮寮周辺の細い路地裏は、街灯の光さえも吸い込むような、ねっとりとした不自然な闇に沈んでいた。 通行人の姿はなく、空間そのものが外界から薄い膜で隔離されているような静寂が支配している。
「これはやっぱり……。先輩、まるで蜘蛛の巣に足を踏み入れたみたいです」
美鈴がケルト系魔術で視界を研ぎ澄ませると、路地の奥から、二つの人影がゆっくりと歩み出てきた。
「やあ。相変わらず君たちは、僕の芸術的な術式を嗅ぎつけるのが早い」
丸眼鏡を押し上げながら、薄気味悪い笑みを浮かべる痩身の男――張志豪。
「チッ、またあの鬱陶しい探偵もどきと犬っころかい。せっかくの静かな夜が台無しね」
ブランド物の赤いコートを羽織り、扇子で口元を隠す女――張麗華。
「枢栄会……! やはり台湾に戻っていたか」
蓮が帰真剣を構え、鋭い視線で二人を射抜く。
「ふふふ。先日の四大心霊スポットでの実験は素晴らしい成果を上げたよ。人々の恐怖から抽出したこの純粋なエネルギーの結晶……ご挨拶代わりに、君たちでテストさせてもらおうと思ってね」
志豪が指を鳴らすと、彼の足元の影がヘドロのように膨れ上がり、一人の『黒い甲冑を着た武者』のような霊障へと姿を変えた。 巨大な怪物ではない。しかし、その人型の霊障からは、空気が凍りつくほどに凝縮された、研ぎ澄まされた敵意が放たれていた。
3.路地裏の死闘
黒い武者が音もなく路地を蹴り、蓮の喉元へ鋭い刃を突き出してきた。 無駄のない、純粋な動き。
「シャドウ、左を抑えて!」
美鈴の指示で、分霊の黒犬・シャドウが影から飛び出し、武者の腕に噛みついて軌道をわずかに逸らす。
「道法無辺、急々如律令!」
蓮がすかさず黄色い符を放ち、武者の足元に小さな結界を展開して動きを封じる。
「ほう……あの時よりも連携がスムーズになったね。だが、この凝縮された怨念の刃をどうする?」
志豪が楽しげに見物する中、武者は結界を力任せに引き裂き、再び蓮へ迫る。
「後輩さん、核はどこだ」
蓮は一切の焦りを見せず、敵の刃を紙一重で躱しながら尋ねた。
「胸の中央……黒い渦が巻いている場所です! すごく硬いですが、そこしかありません!」
「了解だ」
蓮はあえて一歩退き、武者に大上段から刃を振り下ろさせた。その瞬間、蓮は『震脚』でレンガの床を踏み鳴らし、逆に敵の懐へと深く潜り込む。
「帰真――本来の姿へ還れ!」
抜刀と同時に放たれた、下から上へすくい上げるような鋭い剣閃。 帰真剣の放つ浄化の光が、武者の強固な霊障の鎧ごと、胸の核を正確に両断した。
「グゥ……」
短い呻き声と共に、武者の姿が黒い灰となって路地裏の風に溶けていく。周囲を覆っていた不自然な静寂の結界も、音もなく霧散した。
4.逃亡と影の宣戦布告
「……見事だ。僕の可愛い人形を、たった一撃で」
志豪がパチパチと、どこか芝居がかった手つきで拍手をした。
「志豪、遊んでいる暇はないわ。警察のパトロールが近づいている。今日はあくまで『挨拶』よ」
麗華が舌打ちをし、懐から真っ黒な煙玉を足元に落とした。シュウゥゥと音を立てて、周囲を濃密な煙が包み込む。
「逃がすか!」
蓮が煙を斬り裂いて踏み込むが、そこには既に二人の姿は残っていなかった。
「ふふっ……素晴らしいよ佐藤蓮、李美鈴。……近いうちに、また会おう」
煙の奥から、志豪の嘲笑うような声が路地に木霊し
「覚えていなさい。枢栄会のビジネスは、まだ始まったばかりよ!」
麗華の甲高い捨て台詞と共に、二人の姿は完全に掻き消えた。
「……チッ、相変わらず逃げ足だけは早いな」
蓮が帰真剣を静かに鞘に収める。
「でも、これ以上の被害は防げました。……それに、奴らの手口は完全に分かりました」
美鈴が駆け寄り、無事だったシャドウの頭を撫でながら、毅然とした表情で言った。
遠くから、陳巡査部長たちが手配したパトカーのサイレンが微かに聞こえてくる。 規模こそ小さかったものの、路地裏でのひっそりとした、しかし確実に敵意に満ちた再会。
「ああ。奴らは静かに、だが確実に牙を研いでいる。……迎え撃つ準備をしておかないとな」
蓮は二人が逃げた跡を見つめ、静かに決意を固めた。
華やかな台北の街の裏側で、枢栄会との因縁の糸が、再び深く、そして静かに絡み合い始めていた。




