第六十一話「海を隔てたふたつの孤軍」
以前からやりたかったエピソードです。ようやく出来ました。
第六十一話「海を隔てたふたつの孤軍」
1.繋がるふたつの半身
身を切るような寒風が吹きすさぶ、二月の日本・横浜。
日本のホテルで荷造りをしていた蓮の携帯電話が鳴った。ディスプレイには国際電話の通知が表示されている。
「もしもし」
『あ、先輩? 私です!』
受話器の向こうから、懐かしい後輩の明るい声が響いた。背後からは爆竹の音と、広東語の賑やかな喧騒が聞こえる。
「どうした、後輩さん。香港の春節は随分と景気が良さそうだな」
『ええ、もう毎日お祭り騒ぎです。……実は昨日、親戚に頼まれて一人で祓清をしたんですけど、送魂が上手くいかなくて本当に苦労したんです。魔力を持っていかれすぎて、今朝まで泥のように眠ってました』
2.送れない影(中国・香港)
遡る事、前日。ネオンサインが煌びやかに街を照らす香港・九龍。
実家に帰省していた李美鈴は、親戚から頼まれ、古い雑居ビルの路地裏で祓清を行っていた。
「シャドウ、逃がさないで!」
美鈴の指示で、分霊の黒いラブラドールレトリバー『シャドウ』が唸り声を上げ、ゴミ箱の陰に潜んでいた未練がましい悪霊を取り押さえた。
美鈴の生まれ持った高い霊感とケルト系魔術の力があれば、幽霊を見つけ出し、結界で縛り付けるのは造作もないことだ。しかし、彼女の本当の試練はここからだった。
「さて……どうやって還そうか」
美鈴は額に汗を浮かべた。彼女は「送魂」をひどく苦手としている。普段なら、シャドウが押さえ込んだところを、佐藤蓮が帰真剣で一刀両断して迷いを断ち切ってくれる。しかし今、頼れる先輩は日本だ。
「大地の精霊よ、古き盟約に従い、迷える魂を土へと還せ……」
美鈴は英語と広東語を交えた複雑なケルトの詠唱を始め、霊の周囲に清めの塩とハーブで魔法陣を描いていく。しかし、霊は現世への執着を剥き出しにし、激しく抵抗して霊障を撒き散らす。シャドウも押さえ込むのに必死だ。
「もうっ、往生際が悪い! 先輩の剣なら、こんなの1秒で終わるのに!」
美鈴は歯を食いしばり、自身の魔力を限界まで振り絞って陣を起動させた。眩い光と共に霊が浄化され、ようやく路地裏に静寂が戻った。
「はぁ……はぁ……疲れた……」
美鈴は壁に寄りかかり、ずるずるとしゃがみ込んだ。シャドウも労うように彼女の頬を舐める。
見つけるのは得意でも、最後を締めくくる力がない。彼女はネオンの光を見上げながら、不器用だが確かな安心感を与えてくれる相棒の「剣」を強く求めていた。
3.視えない闇(日本・横浜)
同じ頃、日本で佐藤蓮は、かつて自分が通っていた大学の近くのホテルに滞在していた。
横浜の大学の祓清研究会のサークルの同期から連絡があった為であった。
その日にサークルの同期経由で、近隣住民から「謎の寒気と耳鳴りがする」と相談を受けた蓮は、現場である深夜の寂れた公園に一人で立っていた。
春節の時期を利用した一時帰国であったが、霊障は国境や季節を問わず発生する。日本では祓清は行政の管轄であり、民間への委託報酬も安いが、目の前で苦しむ人がいれば見過ごすわけにはいかない。
「……確かに、強い霊障の気配がする。だが」
蓮は眉間を揉んだ。彼には幽霊の姿がほとんど視えない。いつもなら隣に李美鈴がいて、的確に対象の位置を教えてくれる。しかし今、彼女は海を隔てた香港だ。
「後輩さんがいれば、一瞬で終わるんだがな」
ぼやきながら、蓮は懐から数枚の符を取り出した。姿が視えないなら、強引に炙り出すしかない。
「道法無辺、急々如律令!」
結界を張るための符ではなく、周囲の霊的な波長に反応して燃え上がる探知の符を空中にばら撒く。一枚の符が、ブランコの近くで不自然に青白い炎を上げて燃え尽きた。
「そこか!」
蓮は愛剣『帰真剣』を抜き放ち、八極拳の鋭い踏み込みで一気に間合いを詰める。しかし、対象が動いたのか、剣先は空を切り、霊障の冷気は背後へと移動した。
視覚情報がない中での戦闘は、想像以上に神経をすり減らす。蓮は自らの五感――風の動き、わずかな温度変化、そして武術家としての直感を極限まで研ぎ澄ませた。
数十分の泥臭い立ち回りの末、ついに霊の動きを追い詰め、帰真剣を振り下ろす。
「帰真――本来の姿へ還れ」
冷気が霧散し、霊障が消え去る。
「ふぅ……」
蓮は剣を鞘に収め、その場にどっと座り込んだ。体力的にも精神的にも、普段の何倍も疲労困憊だった。彼は冬の夜空を見上げ、台湾にいる相棒の「目」のありがたみを、骨の髄まで痛感していた。
4.祓清の絆
そして、現在。美鈴の愚痴を聞いて、蓮は思わず苦笑した。
「奇遇だな。俺もこっちで野良の霊を祓ったんだが……君の目がないと、完全に暗闇で素振りをしている気分だったよ。あんなに疲れた祓清は久しぶりだ」
電話の向こうで、美鈴が小さく笑う気配がした。
『私たち、本当に極端ですよね。私には先輩の剣がないとダメだし、先輩には私の目がないとダメなんだって、離れてみてよく分かりました』
「ああ。まさに『双霊』相談事務所だな。二つ揃って、ようやく一人前というわけだ」
蓮の言葉に、美鈴が嬉しそうに声を弾ませる。
『明日のフライトで台湾に戻ります! 台北に着いたら、事務所を開ける前に夜市に行きましょうね。私、日本のお土産は白い恋人と明太子が希望です!』
「ははは、相変わらずだな。分かった、ちゃんと買っていくよ。……気をつけて帰ってこいよ、後輩さん」
『はい! 先輩も!』
通話が切れ、携帯電話を置いた蓮の表情は、どこか晴れやかだった。
帰るべき場所と、待っている相棒がいる。
霊界の門が開き、幽霊が日常に溢れる世界でも、彼らは互いの欠落を埋め合うことで、明日もまた誰かの魂を救っていく。蓮は帰真剣の入ったケースを手に取り、相棒の待つ台湾へと帰路に就いた。
サブタイトル回収?と相談事務所の名前の由来を説明する事が出来ました。引き続き読んで頂ければ幸いです。後、感想、質問も頂ければ、嬉しいです。




