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台湾祓清愛哀歌ー祓清の絆  作者: シットライヌ
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第五十五話「ブラウン管の向こう側」

第五十五話「ブラウン管の向こう側」


1.ノイズの招待状

2000年代初頭、台北市大同区。

双霊シュアンリン相談事務所では、いつものように規則正しい踏み込みの音が響いていた。佐藤蓮が日課の八極拳の套路に汗を流す傍らで、李美鈴は熱心にiMacのキーボードを叩いている。


「先輩、大至急の依頼です。内湖ネイフーのテレビ局から、直接指名が入りましたよ」

「テレビ局? 」

タオルで汗を拭いながら、蓮が尋ねる。


「ええ。実は昨夜、深夜の生放送中に放送事故が起きたんです。画面に謎のノイズが走り、スタジオにいたスタッフ数名が激しい頭痛と吐き気で倒れたとか。局側は当初『機材トラブルと過労』として処理しようとしたんですが……倒れた全員が『耳元で女の泣き声がした』と証言しているらしくて」

「典型的な霊障による精神耗弱だな。しかし、なぜうちを指名したんだ?」

「私の作ったホームページの『解決実績』を見たそうです。それに、テレビ局という性質上、大々的に警察や市役所を動かして騒ぎにしたくないんでしょうね」


美鈴の横で、分霊である黒いラブラドールレトリバーの『シャドウ』が、出番を察知したのか短く「ワン」と吠えた。

「よし、行こうか後輩さん。機材が多い場所での祓清は骨が折れそうだ」

蓮は愛剣『帰真剣』を黒い布に包み、車のキーを手に取った。


2.停滞する電波

黒のトヨタ・カローラ・アルティスで内湖のテレビ局に到着した二人は、血相を変えたプロデューサーに案内され、問題の「第4スタジオ」へと足を踏み入れた。


2000年代初頭のスタジオには、無数のブラウン管モニターと、太いアナログケーブルが這い回っている。スタジオ内は空調が効いているはずなのに、肌にまとわりつくような不快な湿気が漂っていた。


蓮には何も視えないが、霊感を持たない彼にも「重い空気」だけははっきりと感じ取れた。

「……どうだ、後輩さん?」

「最悪ですね。電磁波が霊を呼び寄せるアンテナになっているみたいです」


美鈴の翠色の瞳が、ケルト系魔術の力で幽霊の姿を捉える。

暗がりのスタジオの隅。天井から吊るされた巨大な照明機材の真下に、古い衣装をまとった女性の霊がうずくまっていた。彼女の周囲からは、人々の精神を削り取る黒い霧のような霊障が、ブラウン管モニターを通して増幅され、スタジオ中に散布されている。


「あれは……昔の女優さんでしょうか。自分が脚光を浴びられなかった無念が、このスタジオの熱気や電波に引き寄せられて居着いてしまったんだわ」

シャドウが低い唸り声を上げ、女性の霊に向かって牙を剥いた。


3.結界と剣舞

「よし、位置を教えてくれ。スタジオの機材に被害を出さずに送るぞ」

蓮が帰真剣の柄に手をかけ、低い声で告げる。


「対象は正面、カメラ3台目の奥! 距離5メートル!」

美鈴の的確な指示と同時に、蓮は懐から数枚の黄色い符を取り出し、スタジオの四隅に向かって正確に投げ放った。


「道法無辺、急々如律令!」

蓮の術式が発動し、目に見えない強固な結界がスタジオを包み込む。これにより、霊がケーブルやモニターを伝って他のフロアへ逃げる道を完全に塞いだ。


結界に気づいた女性の霊が、甲高い悲鳴を上げる。物理的な音ではないが、脳を直接揺さぶるような強烈な霊障だ。美鈴が顔をしかめ、プロデューサーが耳を押さえてうずくまる。


「シャドウ、足止めを!」

美鈴の叫びに応え、シャドウが霊の影を踏みつけるように飛びかかり、その動きを封じた。


「そこだな!」

霊感のない蓮だが、シャドウの動きと美鈴の視線から完全にポイントを割り出していた。蓮は踏み込みの勢いと共に帰真剣を抜き放ち、八極拳の鋭い歩法で一気に間合いを詰める。


剣は物理的な肉体を斬るものではない。現世に執着する「未練」を断ち切り、魂を霊界の門の向こう側へと繋ぐための儀式である。


「帰真――本来の姿へ還れ」

冷たく、しかし慈悲を込めた蓮の声が響く。

帰真剣の切っ先が空を裂き、見事な送魂の軌跡を描いた。


その瞬間、ブラウン管モニターに走っていた不快な砂嵐がピタリと止んだ。

美鈴の目には、女性の霊が憑き物が落ちたような安らかな表情を浮かべ、光の粒子となって消えていくのが見えた。


4.深夜の慰労会

「ふぅ……。機材にぶつけないように剣を振るのは神経を使うな」

蓮が帰真剣を鞘に収め、小さく息を吐いた。スタジオを満たしていた重苦しい空気はすっかり消え去り、元の静寂を取り戻していた。


「お見事です、先輩。シャドウとの連携も完璧でしたね」

美鈴がほっとした笑顔を見せ、シャドウの頭を撫でる。


プロデューサーからは何度も頭を下げられ、テレビ局の予算から弾んだ報酬が約束された。


局を出ると、すっかり夜も更けていた。

夜風が心地よく、台北の街はまだ眠らない喧騒に包まれている。


「さて、予定外の夜更かしになったが……腹が減ったな」

蓮が車のキーを回しながら笑うと、美鈴の目が輝いた。

「饒河街夜市ラオホージエ・イエシーが近いです! 報酬も期待できますし、今日は胡椒餅フージャオビンと、大きなフライドチキン(大鶏排ダージーパイ)を奢ってください!」

「やれやれ、胃袋の若さだけは後輩さんに敵わないな」


カローラ・アルティスは、ネオンの海が広がる夜市へ向かって走り出す。

電波の裏に潜む哀しみは祓われ、バディの賑やかな夜はまだまだ続くのだった。

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