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台湾祓清愛哀歌ー祓清の絆  作者: シットライヌ
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第五十話「見えざる凶器、澱む呪詛と雨夜の現場検証」

台湾祓清愛哀歌:第五十話「見えざる凶器、澱む呪詛と雨夜の現場検証」


1.沈痛な訪問者と合同依頼

窓を打ち付ける台北特有の激しいスコールが、大同区の古い雑居ビルにある『双霊相談事務所』の窓ガラスを叩いていた。


いつもなら和やかな空気が流れる事務所の中は、今日に限ってひどく重苦しい空気に包まれていた。ソファに腰を下ろしているのは、近くの交番に勤務する警察官の陳巡査部長と、台北市役所祓清課の林担当員。台湾の治安と霊的行政を担う二つの機関が、揃って神妙な面持ちで蓮と美鈴の前に座っていた。


「……つまり、陳さんのところの警察署が容疑者を逮捕したものの、凶器が見つからずに難航している。そして林さんの見立てでは、それが『呪詛』による犯行の可能性が高いと」


佐藤蓮が淹れたてのウーロン茶をテーブルに置きながら、静かに確認した。


台湾では、オカルト実験の影響で霊障が社会問題化して以降、『霊障を用いた他者への加害・呪詛』は明確な犯罪行為として刑法で禁止されている。しかし、それを立件するためには、確固たる「霊的証拠」の提示が必要不可欠だった。


「その通りよ、蓮さん」

林さんが、「閲覧許可」と赤字で印字された、事件資料を指差す。

「被害者は市内の資産家。死因は急性心不全だけれど、遺体の周囲には不自然な霊的残滓が確認されたわ。そして逮捕された甥の容疑者は、被害者の遺産を巡って激しく対立していた。警察は容疑者の隠れ家を押さえたけれど、物理的な毒物も凶器も出てこない」


「そこで、我々警察と市役所からの合同依頼というわけだ」

陳さんが苦渋の表情で言葉を継ぐ。

「容疑者は黙秘を貫いている。拘留期限が迫る中、彼が『呪詛』を行ったという決定的な証拠……呪具や儀式の痕跡を、君たちの能力で探し出してほしいんだ」


「分かりました。引き受けます」

美鈴が、傍らに控える分霊のシャドウの背中を撫でながら、毅然とした態度で頷いた。

「呪詛で人の命を奪うなんて、絶対に許されることじゃありませんから」


2.隠れ家の残留思念

雨の勢いが増す中、蓮と美鈴、警察の制服から背広に着替えた陳巡査部長と市役所のネームプレートを外した林担当官の四人は、双霊相談事務所の黒のトヨタ・カローラアルティスで、容疑者が所有していたという郊外の古いマンションの一室へと向かった。


現場はすでに警察の鑑識が入り、一見すると何一つ怪しいもののない殺風景な部屋だった。


「物理的な証拠は隠滅されているな。だが、霊的な『匂い』は誤魔化せない。頼むぞ、後輩さん」


蓮は入り口で『帰真剣』を抜き放ち、八極拳の自然体で部屋全体の空気を警戒した。


「ええ。シャドウ、探して」


美鈴の合図で、黒いラブラドールレトリバーの姿をしたシャドウが部屋の隅々を嗅ぎ回り始める。美鈴自身も目を閉じ、ケルト魔術の印を組んで精神を集中させた。


「――大地の記憶よ。隠されし過去の影を、我の眼前に紡ぎ出せ」


美鈴が目を見開くと、彼女の瞳に淡い緑色の光が宿った。

霊感の強い彼女の視界に、通常の人間には見えない「過去の霊的残滓」が、まるでホログラムのように浮かび上がってきた。


「……見つけました。部屋の中央、フローリングの下です。ここから、強烈な腐臭のような呪詛の痕跡が立ち昇っています。それと……」


美鈴の顔色が悪くなる。


「これは、ただの素人の呪いじゃありません。術式が極めて論理的で、冷酷です。……以前、私たちが調べた旧日本軍のオカルト実験の理論に酷似しています。おそらく、容疑者はインターネットの闇サイトか何かで、この呪詛の『やり方』を購入したんです」


その言葉に、蓮の目が細められた。

「ネットで呪詛のやり方を売り捌く組織……『枢栄会』か」


3.発動する証拠隠滅の罠

美鈴の指示に従い、陳さんが工具でフローリングの板を剥がすと、そこには赤黒い顔料でびっしりと描かれた奇妙な陣と、中心に被害者の髪の毛が巻き付けられた「泥人形」が隠されていた。


「これだ! これで呪詛の立件ができるぞ!」

陳さんが証拠保全のカメラを構えた、その瞬間だった。


『――ギギギ……ッ』


泥人形に施されていた呪詛が、外部からの干渉を察知し、防衛本能のように不気味な鳴き声を上げた。

陣に描かれた赤黒い顔料が突如として沸騰し、部屋の空気が一瞬にして氷点下まで下がる。泥人形からどす黒い怨念の霧が噴き出し、無防備な陳さんと林さんに向かって襲いかかった。


「呪詛の自動防衛トラップ……証拠隠滅の仕掛けか!」

「陳さん、林さん、伏せて!」


美鈴が叫び、シャドウが二人の前に飛び出して怨念の霧に向かって吠え立てる。

同時に美鈴は両手を突き出し、ケルトの光の網を展開して、陳さんと林さんをすっぽりと覆い隠した。怨念の霧が光の網にぶつかり、ジュウジュウと嫌な音を立てて焦げる。


「後輩さん、防護を解くな! 霧の源は俺が断つ!」


蓮は床を蹴り、一気に泥人形の陣へと間合いを詰めた。

泥人形からは、さらに濃密な呪詛の霧が吹き出し、巨大な手の形となって蓮の首を絞め上げようと迫る。


「他人の恨みを金で買って、命を奪う……。そんな浅ましい術式が、俺の剣に勝てると思うな!」


蓮は深く腰を落とし、大地の力を足の裏から吸い上げるように『震脚』を叩き込んだ。

ドンッ! とマンション全体を揺るがすような重い踏み込みの力が、蓮の体幹を通じて右手の帰真剣へと伝達される。


「道法無辺――破邪!」


蓮は道教の符を剣の刃に滑らせ、送魂と浄化の気を極限まで高めた一撃を、泥人形の核に向かって真っ直ぐに振り下ろした。


キィンッ!!


空気を切り裂く鋭い剣閃が、呪詛の陣と泥人形を霊的な次元から完全に両断した。

断末魔のような甲高い悲鳴が響き渡った後、どす黒い霧は一瞬にして霧散し、後には物理的な証拠である「両断された泥人形」と「陣の跡」だけが、静かに残された。


4.エピローグ:静かなる雨音と、見えざる敵

「……ふう。これで、呪詛の仕掛けは完全に機能を停止した。物理的な証拠としては十分だろう」


蓮は帰真剣の刃を静かに納めながら、陳さんに向かって頷いた。


「ああ。本当に助かったよ、蓮くん、美鈴くん。君たちがいなければ、我々が呪詛の犠牲になるところだったし、あの男を法廷に引きずり出すこともできなかった」


陳さんは冷や汗を拭いながら、証拠品を慎重に特殊な容器へと収めた。林さんも安堵のため息をつき、美鈴の手を固く握りしめた。


「ありがとう。これで、被害者の無念も少しは晴れるわ。すぐに市役所の法務部門と連携して、立件の準備を進めるわね」


一時間後。

警察と市役所への引き継ぎを終え、双霊相談事務所に戻ってきた二人は、熱いコーヒーを飲みながら窓の外の雨を眺めていた。


「……先輩。あの容疑者、呪詛の恐ろしさを全く理解していませんでした。ただ、ネットで買った手順通りに泥人形を弄っただけ。それでも、人は死ぬんです」


美鈴の表情は暗かった。魔術の恐ろしさを知る彼女だからこそ、素人が安易に呪詛に手を出すことの歪さが許せなかった。


「ああ。見えない凶器を、インターネットという匿名の隠れ蓑で売り捌く連中がいる。……『枢栄会』。実態は小悪党の姉弟だと聞いているが、その呪詛の技術だけは本物だ」


蓮はコーヒーカップを置き、静かに目を閉じた。

旧日本軍の実験資料を悪用し、台湾の社会の暗部に呪いをばら撒く見えざる敵。


「いつか必ず、俺たちでその元凶を叩き潰すぞ、後輩さん」

「……はい、先輩」


雨の台北。

静かな決意が、事務所の中に深く沈殿していた。

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