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台湾祓清愛哀歌ー祓清の絆  作者: シットライヌ
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第四十九話「天空の密室、飛行船と幻の翼」

台湾祓清愛哀歌:第四十九話「天空の密室、飛行船と幻の翼」

1.台北発、空飛ぶ豪華ホテル

「うわぁ……! 先輩、見てください! 台北101があんなに小さく見えますよ!」

台北上空、高度千メートル。

李美鈴は、巨大な展望窓にへばりつくようにして眼下のパノラマを見下ろし、目を輝かせていた。

二人が乗っているのは、台北から台湾南部の都市・高雄カオシュンまでを約3時間で結ぶ、最新鋭の観光用豪華飛行船『フォルモサ・ゼファー号』だ。全面ガラス張りのラウンジ、ふかふかの絨毯、そして揺れを感じさせない快適な空の旅。

「はしゃぎすぎるなよ、後輩さん。ドレスコードがあるって言うからわざわざスーツを着てきたのに、これじゃただの引率の保護者だ」

佐藤蓮は、慣れないスーツのネクタイを緩めながら、ため息交じりに高級な革張りのソファに深く腰掛けた。足元では、許可を得て同行している分霊のシャドウが、気持ちよさそうに丸くなっている。

今回の乗船は依頼ではない。日頃から厄介な案件を文句一つ言わずに引き受けている二人に対し、市役所の林担当員が「たまには息抜きを」と、個人的に手配してくれた特別チケットだった。

「せっかくの空中クルーズなんですから、楽しまなきゃ損ですよ。写真もたくさん撮って、事務所のブログにアップしますからね」

美鈴はデジタルカメラを構えながら嬉しそうに笑う。久しぶりの完全なオフに、二人の空気は緩みきっていた。

2.中央山脈の暗雲

しかし、平穏な空の旅は、飛行船が台湾島の中央に連なる険しい山々――『中央山脈』の上空に差し掛かった辺りで突如として破られた。

『……皆様、前方に局地的な乱層雲が発生いたしました。多少の揺れが予想されますので――』

機内アナウンスが流れた直後、展望窓の外の景色が真っ白な濃霧に包み込まれた。いや、ただの霧ではない。太陽の光を完全に遮断する、不気味な赤紫色を帯びた異様な雲だ。

「……先輩」

「ああ。最悪のタイミングだな」

美鈴の表情が先程までの笑顔から一変し、険しいプロの霊能者の顔つきになる。蓮も即座に立ち上がり、手荷物として持ち込んでいたギターケース(帰真剣の偽装)に手を伸ばした。

ここ台湾中央部の山中には、かつて旧日本帝国軍がオカルト実験を行い、霊界への門を開いたとされる実験場が隠されていると言われている。飛行船は不運にも、その門から漏れ出した霊的な磁気嵐のド真ん中に突っ込んでしまったのだ。

『……ガァ……ガガッ……』

ラウンジの照明が明滅し、他の乗客たちが次々と白目を剥いてソファーや床に倒れ伏していく。強烈な霊障による集団昏睡だ。

「来ます、先輩! 雲の中から、無数の影が!」

美鈴が叫ぶと同時に、赤紫色の雲を切り裂いて「それら」が姿を現した。

それは、ボロボロに風化した旧式のプロペラ戦闘機の幻影だった。数十機にも及ぶ幻の編隊が、飛行船を巨大な敵機と見なしたのか、あるいは自身の着陸すべき母艦と錯覚したのか、周囲をぐるぐると旋回し始めたのだ。

3.空の上の防衛戦

「こんな上空で霊障を起こされたら、飛行船の計器が狂って墜落しかねない。後輩さん、船の防護はできるか?」

「やってみます! シャドウ、皆を守って!」

シャドウが猛然と立ち上がり、倒れた乗客たちの前に陣取って霊的な威圧を放つ。

美鈴は展望窓の前に立ち、ケルト魔術の印を素早く切り裂いた。

「――風の精霊よ、大気の盾となりてこの船を包み込め!」

美鈴の放ったエメラルドグリーンの光が、飛行船の巨大な外殻を膜のように覆い尽くす。直後、幻影の戦闘機たちが飛行船に向かって突撃を仕掛けてきたが、光の盾に弾かれて『ガィィィン!』と鈍い音を立てて弾き返された。

「すごい防壁だが、長くは持たないぞ! それに、こんな密室で俺が剣を振り回したら、窓ガラスが割れて全員墜落だ」

蓮の言う通り、上空数千メートルの飛行船内で刃物を振り回すのは自殺行為に等しい。

霊感の乏しい蓮には、雲の中を高速で飛び回る戦闘機の正確な位置を把握することも困難だった。

4.光の滑走路と一寸の送魂

「なら、彼らを一点に誘導します! 先輩、あの幻影たちは『降りる場所』を探して迷っているんです。私が外の空中に『光の滑走路』を作りますから、そこへ誘導して送魂してください!」

「上等だ。タイミングは後輩さんに合わせる!」

美鈴が両手を前方に突き出すと、飛行船の進行方向の雲が割れ、ケルト魔術の緑色の光が真っ直ぐな一本の「空の滑走路」を形成した。

降りる場所を見失っていた幻影の戦闘機たちが、その光の道に引き寄せられるように、次々と一列に並んで滑走路へと進入してくる。

「今です、先輩! 正面窓のすぐ外を通過します!」

「道法無辺――!」

蓮は展望窓の分厚いガラスの真ん前に立ち、八極拳の構えをとった。

大きく振り被ることはしない。対象が窓の向こうを通過するその一瞬のタイミングに、全ての気を集中させる。

幻影の戦闘機が窓のすぐ外をかすめた瞬間。

蓮は、拳の僅かな動きだけで爆発的な威力を生み出す八極拳の極意『寸勁すんけい』の要領で、帰真剣の柄頭を窓ガラスにピタリと当て、内部から強烈な「送魂の気」を叩き込んだ。

ドンッ!!

ガラスを一切傷つけることなく、剣から放たれた純白の波動だけが窓を透過し、外を飛ぶ幻影の戦闘機を撃ち抜いた。

『……帰還、ス……』

波動を受けた戦闘機の幻影は、まるで安心したかのようにふっと機体を傾け、そのまま光の粒子となって赤紫色の雲の中へと溶けていった。

蓮は連続して寸勁を打ち込み、美鈴の滑走路を通る幻影たちを次々とあの世へと送り届けていく。

最後の機体が光となって消え去ると同時に、飛行船を包んでいた不気味な雲は嘘のように晴れ渡り、真っ青な南国の空が顔を覗かせた。

5.エピローグ:南国の風と鴨肉飯

「……ふう。せっかくのスーツが、汗でシワシワになっちまった」

高雄国際空港の特設マスト。

無事に到着した飛行船から降り立った蓮は、ネクタイを外し、南台湾特有のねっとりとした温かい夜風を浴びて大きく伸びをした。

「お疲れ様です、先輩。乗客の人たちも、ただの貧血だと思って元気に降りて行きましたよ」

美鈴もホッとした表情で、機材を詰めたバッグを肩に掛け直す。足元では、長旅を終えたシャドウが嬉しそうに尻尾を振っていた。

すっかり夜の帳が下りた高雄の街は、台北よりもさらに熱気と活気に満ちている。

二人が向かったのは、高雄名物の夜市・六合夜市リョウホーイエシーだ。

「さあ、林さんのおごりですから、遠慮なく食べましょう!」

美鈴が嬉々として屋台のテーブルに並べたのは、ご飯の上に燻製にした鴨肉をたっぷり乗せ、甘辛いタレをかけた高雄名物『鴨肉飯ヤーロウファン』。そして、顔の大きさほどもある巨大な器に盛られた『芒果冰(マングォビン:マンゴーかき氷)』だ。

「うまっ……! この鴨肉の脂とタレ、最高にご飯に合うな。空の上で冷や汗をかいた分、塩分が身体に染み渡るよ」

蓮はネクタイをポケットに突っ込んだまま、夢中で鴨肉飯をかき込む。

「ふふっ、かき氷も絶品ですよ。甘くて冷たくて、生き返ります!」

美鈴は冷たいマンゴーを頬張りながら、幸せそうに目を細めた。傍らでは、屋台のおばちゃんからこっそりもらった茹で鴨肉の切れ端を、シャドウが瞬く間に平らげている。

見上げた夜空には、先程まで自分たちが飛んでいた空に、満天の星が輝いていた。

予定外の祓清の仕事が入ってしまったものの、南国の熱気と美味しい夜食に囲まれた双霊相談事務所の二人の「慰安旅行」の夜は、賑やかに更けていった。

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