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台湾祓清愛哀歌ー祓清の絆  作者: シットライヌ
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第四十六話「雨の港、煤けた記憶と黄昏の旋律」

台湾祓清愛哀歌:第四十六話「雨の港、煤けた記憶と黄昏の旋律」

1.雨の街、基隆キールン

「また雨ですね……。この街に来ると、どうしていつもこんなに霧雨が降っているんでしょうか」

台湾北部の港町・基隆。一日中降り止まない湿り気を帯びた空気に、美鈴は少し憂鬱そうに窓の外を見つめていた。

二人は市役所からの緊急依頼を受け、この街を訪れていた。依頼内容は、港の再開発予定地付近で頻発する「声」の正体の特定と封じ込めだ。何でも、深夜になると工事現場の周辺で、誰かがトランペットで物悲しいメロディを吹いているような音が聴こえるという。

「キールンは『雨の都』だからな。傘を差して歩くのも修行の一環だと思えば、多少は気が楽になるかもしれないぞ」

蓮は助手席でハンドルを握りながら、カローラ・アルティスのワイパーが刻むリズムを黙々と見つめていた。助手席の美鈴の足元では、濡れたアスファルトを嫌がるように、シャドウが小さく鼻を鳴らしている。

2.廃倉庫に響くトランペット

事件の舞台となったのは、港の片隅に残る老朽化した倉庫街だった。再開発のために立ち入り禁止となっているはずのそのエリアから、深夜、確かに「それ」は聴こえてきた。

『……プァ、プァァ、……ヒュゥ……』

それはトランペットの音というよりも、風が錆びたパイプを通り抜けるような、ひどく掠れた音色だった。

「先輩、あそこです!」

美鈴が指差した先、倉庫の二階の窓辺に、ぼんやりとした人影が浮かび上がっていた。霊感が強い美鈴には、それが古びた海軍の制服を着た男の姿であることがはっきりと分かった。

「……見えるか?」 「ええ。酷く深い悲しみを感じます。呪詛ではないみたいですが、負の感情が強すぎて、周囲に悪影響を及ぼしています」

蓮は車を降りると、八極拳の套路で呼吸を整えた。いつもの符術を用意し、帰真剣の柄に手をかける。

二人は慎重に倉庫の入り口を押し開けた。中に入ると、湿ったカビの匂いと、かつてここで働いていた人々の「忘れられた記憶」のような重苦しい空気が漂っていた。

3.孤独な奏者

二階へと続く階段を駆け上がると、そこには一台の古い楽器ケースを抱え、窓の外の海を見つめる男の霊がいた。

男は蓮たちに気づくと、その空洞のような目でゆっくりと振り返った。

『……船ハ……。船ハ、マダ……戻ッテコナイノカ……?』

「……戦時中の徴用船の乗組員か」

蓮は、その男が発する霊的な波動から彼が抱えている執着を悟った。彼は数十年前、戦争中にこの港から出港し、戻ることのなかった船を、今もずっとここで待ち続けているのだ。

「先輩、ダメです! この霊は『記憶のループ』に深く沈み込んでいます。私たちが無理に引き剥がそうとすれば、霊障として周囲の空間ごと引きずり込まれるかもしれません!」

美鈴が警告を発した瞬間、男が再びトランペットを口に当てた。その瞬間、倉庫内の空気が凍りつき、床や壁が当時の戦火を想起させるかのような錆び色に染まり始めた。

4.蓮と美鈴の「境界」解除

「なら、俺が『記憶』に合わせるしかないな」

蓮は剣を鞘に収め、代わりに一枚の符を取り出した。それは、死者の迷いを静めるための『鎮魂符』だ。

「後輩さん! シャドウを広範囲に展開して、この倉庫を現世から隔離してくれ! この男の『終わらない待ちぼうけ』を、一旦この空間だけで完結させる!」

「分かりました! 先輩、無茶しないでくださいね!」

美鈴はシャドウを倉庫の四隅に配置し、自身の魔術でケルトの結界を三重に張った。空間が歪み、現実のキールンの港からこの場所だけが切り離される。

蓮は男の正面に立つと、ゆっくりと八極拳の演武を始めた。それは戦うための拳ではなく、大気を震わせ、幽霊の荒ぶる波動と自身の気を調和させるための「儀礼の舞」に近い動きだった。

やがて、蓮の動きに合わせて、倉庫内に優しい金色の光が満ちていく。

蓮は男の傍らで、静かに語りかけた。

「……もう、帰ってこない。あんたの乗るべき船は、とうの昔に沈んだんだ。だが、あんたの誇りは、今もこの港の人々に届いている」

蓮が符を男の胸に貼ると、男の目から、音にならぬ涙が零れ落ちた。トランペットが音を止め、男はふっと力が抜けたように、柔らかな光の粒子となって霧の中に溶けていった。

5.エピローグ:夜霧の屋台

全てが静まり返った倉庫の帰り道、キールンの夜は相変わらず冷たい霧雨に包まれていた。

「……お疲れ様でした、先輩」 「ああ、後輩さんこそ。あの結界、ずいぶんと精密になってきたな」

仕事の緊張から解放された二人は、キールンの有名な夜市へ足を運んでいた。立ち込める霧雨の中、オレンジ色の提灯がぼんやりと温かく光っている。

「やっぱり、雨の後の温かいスープは格別ですね!」

美鈴は屋台で買った熱々の「鼎辺趖ディンビェンスオ」を頬張りながら、満足そうに笑った。蓮もまた、湯気の向こうで少しだけ表情を緩め、台湾ビールで喉を潤した。

「次は晴れた日に来たいな。……でもまあ、たまにはこんな夜も悪くないか」

雨の降り続く夜の港。幽霊の未練を消し去った二人の背中に、どこか遠くから、本物のトランペットの音色が、夜霧に乗って微かに聴こえたような気がした。



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