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台湾祓清愛哀歌ー祓清の絆  作者: シットライヌ
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第四十三話「澎湖の双心、海鳴りの鎮魂歌」

台湾祓清愛哀歌:第四十三話「澎湖の双心、海鳴りの鎮魂歌レクイエム

1.海風と玄武岩の島

台北の松山空港からプロペラ機に揺られること約一時間。

佐藤蓮と李美鈴は、台湾海峡に浮かぶ美しい離島群・澎湖ポンフー諸島のメインゲート、馬公マーゴン空港に降り立っていた。

「うわっ、風が強い! せっかくセットした髪が……!」

強烈な海風に煽られ、美鈴が慌てて麦わら帽子を押さえる。

「澎湖は風の島だからな。それにしても、台湾本島を一周して戻ったばかりだっていうのに、今度は離島への出張か。林担当員も人使いが荒い」

蓮が苦笑しながら、大きな機材ケース――帰真剣を背負い直した。

今回の依頼は、澎湖諸島の南端に位置する七美チーメイ島からのものだった。

澎湖を代表する絶景スポットであり、海の中に石を積み上げて作られた二つのハート型が重なる伝統的な漁獲の罠、「双心石滬シュアンシンシーフー」。その美しい観光地で、ここ数日、海面から「無数の手」が伸びて観光客を海へ引きずり込もうとする怪異が多発しているという。

「いくらロマンチックなハート型とはいえ、霊障の報告が多すぎます。早急に対処しないと」

二人はチャーターした小型船に乗り込み、エメラルドグリーンの海を越えて七美島へと向かった。

2.魂を掬い上げる罠

七美島の断崖絶壁に立ち、眼下の海を見下ろした美鈴は、息を呑んだ。

透き通るような青い海の中に、玄武岩を積み上げて作られた見事なダブルハート型の「双心石滬」が浮かび上がっている。しかし、強い霊感を持つ美鈴の目には、その美しい石積みの内側が、どす黒い霊気で満たされているのがはっきりと見えた。

「先輩……あれ、魚を捕まえる罠じゃありません。台湾海峡の激しい海流を漂っていた『迷える魂』が、あの石滬の結界に引っかかり、巨大な霊的な吹き溜まりになっています」

台湾海峡は古くから交通の要衝であり、同時に多くの海難事故が起きた場所でもある。行き場を失った水死者や古代の船乗りたちの霊が、潮の満ち引きと共にあの「ハート型の網」に囚われ、抜け出せなくなってパニックを起こしているのだ。

「なるほどな。海流が運んできた霊の定置網ってわけか」

蓮が帰真剣を抜き放つと、シャドウが「わんっ!」と吠え、一足先に崖を駆け下りて浅瀬の石積みへと飛び乗った。

3.潮騒の送魂

二人が波打ち際まで降りると、石積みの内側で渦巻いていた黒い水面から、青白い半透明の「手」が無数に伸びてきた。

『……苦しい』『……助けて』『……冷たい』

海鳴りに混じって、幾百もの悲痛な声が響く。

「可哀想に……。海流に流され続けて、ずっと休めなかったんですね」

美鈴がケルト魔術の詠唱を紡ぐ。ケルトの魔術は自然、特に水や海との親和性が高い。

「シャドウ、彼らを真ん中に集めて!」

石積みの上を駆けるシャドウが、まるで牧羊犬のように影のオーラを放ち、石滬の縁にこびりついていた霊たちを中央の深い場所へと誘導する。

同時に美鈴が両手を広げると、海面に淡い緑色の光の波紋が広がり、暴れ狂っていた霊たちの苦痛が一時的に和らぎ、動きが静まった。

「見事な調律だ、後輩さん。後は俺が、彼らを本当の海へ還す」

蓮は波が打ち寄せる玄武岩の上に立ち、八極拳の重心の低い構えをとった。

寄せては返す波のリズム。その大自然の呼吸と己の呼吸を完全に同調させる。霊感のない蓮だが、足元を打つ波の力強さが、彼の剣に大地の気を注ぎ込んでいくのがわかった。

「道法無辺。――海原を彷徨う者たちよ、網は開かれた。潮騒に乗って、次なる海へ還れ!」

蓮の帰真剣が、水面スレスレを真横に薙ぎ払った。

水しぶきと共に放たれた送魂の一閃が、石積みが形成していた「霊的な囲い」を綺麗に断ち切る。

その瞬間、閉じ込められていた無数の魂たちは、枷を外された鳥のように一斉に空高く舞い上がり、光の粉となって美しい澎湖の青空へと溶けていった。

後に残されたのは、本来の澄み切ったエメラルドグリーンの海と、穏やかな潮騒だけだった。

4.エピローグ:サボテンと海の恵み

「いやー、潮風をたっぷり浴びましたね! 髪はボサボサですけど、大成功です!」

祓清を終えた夕暮れ時。二人は馬公市内の賑やかな通りに戻り、屋台の前に座っていた。

「お疲れさん。海が相手だと、いつも以上に体力を削られるな」

蓮の前には、澎湖名物の「小管麵線(シャオグァンミェンシエン・新鮮なイカの細麺)」が湯気を立てている。イカの出汁が極限まで出たあっさりとしたスープが、疲れた体に染み渡る。

「はい、これ食後のデザートです! 澎湖名物、仙人掌冰シエンレンジャンビン・サボテンアイス!」

美鈴が嬉しそうに持ってきたのは、鮮やかな赤紫色をした冷たいアイスクリームだ。過酷な環境で育つサボテンの実を使ったアイスは、爽やかな酸味と甘みが特徴だった。

「おお、色が凄いな……。でも、悪くない味だ」

蓮がアイスを一口食べ、目を丸くする。足元では、シャドウが茹でたイカの切れ端をもらい、満足そうに丸まっていた。

「台湾本島から、さらに離島まで。私たちの相談事務所も、すっかり全国区ですね、先輩」

「そうだな。ただ、どこへ行こうと、やることは変わらないさ」

夕闇が迫る澎湖の港町。

潮風に吹かれながらサボテンアイスを頬張る二人の姿は、数多の怪異を解決してきた凄腕の祓清技能士というよりも、どこにでもいる仲の良い旅行客のように、街の風景に溶け込んでいた。


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