第四十二話「恒春の古城門、熱風に散る兵(つわもの)たち」
台湾祓清愛哀歌:第四十二話「恒春の古城門、熱風に散る兵たち」
1.南国の太陽と寄り道
台東の知本温泉で地脈の澱みを祓った佐藤蓮と李美鈴。本来ならば東海岸を北上して台北へと帰路につくはずだったが、二人はなぜか台湾の最南端、屏東県の恒春鎮に立ち寄っていた。
「……後輩さん。台北に帰るって言ってたよな? なんで俺たち、さらに南下して台湾のしっぽまで来てるんだ?」
容赦なく照りつける熱帯の太陽の下、蓮はカローラを運転しながら額の汗を拭った。
「仕方ないじゃないですか、市役所の林さんから『ついでにお願い!』って泣きつかれちゃったんですから。出張費に特別手当もつくそうですし」
助手席の美鈴は、エアコンの風を浴びながら手元のノートパソコンで地図を確認している。後部座席では、暑さに弱いシャドウが舌を出してハアハアと息をしていた。
恒春は、台湾で最も完全な形で古城門(東西南北の四つの門)が残されている歴史ある街だ。そして今回、林担当員から寄せられた依頼は、その古城門の一つ「南門」の周囲で起きている奇妙な現象だった。
「昼夜を問わず、南門のロータリー周辺に『見えない壁』が出現して、原付バイクや車が謎の立ち往生をするそうです。……あ、見えてきましたよ。あれが南門です」
2.過去を防ぐ城壁
美鈴が指差した先には、近代的な道路のロータリーの中央に、赤レンガと石で造られた立派なアーチ状の城門が鎮座していた。
車を停めて近づくと、霊感のない蓮の肌にも、南国の熱風とは違う、ヒンヤリとした重圧感が伝わってくる。
「……確かに、何かが塞いでいるな」
「ええ。霊障というより、強固な『結界』です。シャドウ、視える?」
美鈴の足元で実体化したシャドウが、城門に向かって低く唸った。美鈴がケルト魔術で視覚を同調させると、彼女の目に驚くべき光景が飛び込んできた。
「先輩……城門の上に、兵士たちがいます。清朝時代の古い軍服を着た、大勢の兵士の霊です」
「兵士の霊?」
「彼ら、南門を拠点にして、この街を守るための巨大な『霊的な城壁』を築いています。外からの侵入者を防ぐために、必死に弓や槍を構えて……。この見えない壁の正体は、彼らの防衛本能です」
19世紀後半、外敵から街を守るために築かれた恒春の城壁。その使命を死してなお全うしようとする古い兵士たちの強い念が、長い年月を経て具現化し、現代の交通を麻痺させてしまっていたのだ。
3.終わらない防衛戦
「悪霊じゃない。だが、このまま街のど真ん中に霊的な城壁を張られたら、現代の生活が回らないな」
蓮は帰真剣が入ったケースを背負い、南門へと歩み寄った。
その瞬間。
侵入者を察知した兵士の霊たちが、一斉に目に見えない霊気の矢を放ってきた。
「危ない、先輩!」
美鈴が瞬時にケルトの防壁魔術を展開する。淡い緑色の光の盾が、雨のように降り注ぐ霊気の矢を弾き返した。シャドウも前方に飛び出し、影のオーラで矢を薙ぎ払う。
『通サン! 此処ヨリ先ハ、我ラガ死守スル!』
幻聴のような野太い叫び声が、熱風に乗って二人の耳に届いた。
顔のない指揮官の霊が、城門の上で刀を振りかざしている。彼らの時間は、街が脅威に晒されていたあの時代のまま止まっているのだ。
「立派な忠誠心だ。だが、もう休んでいい」
蓮は帰真剣を抜き放ち、八極拳の歩法で滑るように城門の真下へと接近した。
美鈴がサポートの呪文を唱え、兵士たちの動きを一瞬だけ光の鎖で縛り付ける。
「今です!」
蓮は城門を見上げ、帰真剣を中段に構えた。
「道法無辺。――戦はとうの昔に終わった。今のこの街の平和な景色を、よく見てみろ!」
蓮の放った送魂の剣閃が、兵士たちを傷つけることなく、彼らが築き上げていた「霊的な城壁」の要だけを正確に両断した。
バシンッ! という音と共に、見えない壁がガラスのように砕け散る。
その瞬間、城門の上にいた兵士たちの霊は、周囲を行き交う現代の車や、平和そうに歩く観光客たちの姿を、初めてハッキリと認識したようだった。
『……街ハ、守ラレタノカ』
指揮官の霊がポツリと呟き、ゆっくりと刀を下ろした。
武装を解いた兵士たちの姿は、南国の強い日差しと熱風に煽られ、やがて黄金色の光の粒子となって、恒春の青い空へと溶けていった。
4.エピローグ:緑豆蒜と帰路
「ふう……。見事な幕引きでしたね、先輩」
「ああ。街を守り抜いた誇り高き兵士たちだった。強制的に排除するようなことにならなくて良かったよ」
任務を終え、交通の滞りが解消された南門のロータリーを眺めながら、二人は恒春の旧市街を歩いていた。
南国の容赦ない日差しを避けるため、二人が立ち寄ったのは地元の甘味処だ。
「さあ、お疲れ様の一杯です! 恒春名物『緑豆蒜』ですよ!」
美鈴が運んできたのは、皮をむいた緑豆をトロトロに甘く煮込み、その上に冷たいかき氷をたっぷり乗せたデザートだった。ニンニク(蒜)は一切入っておらず、緑豆の形が砕いたニンニクに似ていることからその名がついたという。
「おお、これは美味いな。熱気と戦った後の体には、この優しい甘さと冷たさが沁みる」
蓮がスプーンを動かしながら相好を崩す。足元では、シャドウが美鈴から氷を少しだけ分けてもらい、嬉しそうに尻尾を振っていた。
「さ、これで本当に依頼は全部片付きましたね。しっかり涼んだら、今度こそ台北の事務所に帰りましょう」
「そうだな。長い遠征だったが……悪くない旅だった」
恒春の古城門を吹き抜ける風は、どこか穏やかで温かい。
台湾をぐるりと巡った双霊相談事務所の二人は、充実感と共に、自分たちの帰るべき場所――台北へと向けて、再びカローラを走らせるのだった。




