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台湾祓清愛哀歌ー祓清の絆  作者: シットライヌ
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第四十話「環島列車の旅人、走り去る汽笛」

台湾祓清愛哀歌:第四十話「環島列車の旅人、走り去る汽笛」

1.動き出す車輪と駅弁

ガタゴトと心地よい振動を立てて、レトロなボルドーと白の車体が台北駅を出発した。

今回は市役所の林担当員からの紹介で、佐藤蓮と李美鈴は数年後に開始される、台湾を外周するように走る「環島ファンダオ列車」から依頼を受けたため、大規模な試験運行に同行していた。霊障事件が発生した際の対応をする事、必要が有れば祓清を行い、旅の安全を確保するための現地調査のためであった。

「あぁ、これですこれ! ずっと食べてみたかったんですよ!」

美鈴が座席の折りたたみテーブルに広げたのは、駅の名物「台鉄弁当タイティエビェンダン」だ。茶色く煮込まれた大きな排骨(骨付き豚肉)と煮卵、高菜がギッシリ詰まった木折りの弁当から、食欲をそそる五香粉の香りが広がる。

「後輩さん、まだ出発して10分も経ってないぞ」

「いいじゃないですか、先輩。これも立派な現地調査です」

蓮は苦笑しながら、足元の影に声をかけた。座席の下では、周りの乗客に見えないよう気配を薄めたシャドウが、おねだりするように尻尾で床をトントンと叩いている。蓮は自分の弁当から肉の端っこをこっそり千切って落としてやった。

列車は西部の平野を南下し、やがて台湾南端の険しい山々を貫く「南廻線なんかいせん」へと差し掛かる。車窓の景色が南国の海から、深い緑の山並みへと変わり、いくつもの暗いトンネルが連続し始めた。

2.消えた乗客と冷たい風

「……ん?」

不意に、車内の蛍光灯がチカチカと点滅し、パタパタと回っていた天井の扇風機がピタリと止まった。

それと同時に、肌を刺すような異常な冷気が足元から這い上がってくる。

「先輩、来ました。……トンネルの闇に引きずられて、何かが乗ってきます」

美鈴の瞳が鋭くなる。彼女が窓の外を指さすと、トンネルのコンクリート壁に反射する光の中に、おびただしい数の「人の影」が張り付いていた。

ゴォォォォ……

列車が台湾でも一、二を争う長いトンネルに入った瞬間、車内の照明が完全に消え去った。

驚くべきことに、つい先ほどまで周囲にいたはずの他の乗客たちの気配が、霧のように消えていた。いや、消えたのではない。蓮たちの乗る車両だけが、霊的な結界によって「現世の時間軸」から切り離され、幽霊たちの領域へと迷い込んでしまったのだ。

通路の奥から、ボロボロの作業着を着た男たちや、大昔の旅装束をした人々の霊が、ふらふらと車内へ歩みを進めてくる。

「……ここはどこだ?」「帰りたい」「街へ連れて行ってくれ」

それは、かつてこの険しい山々に鉄路を敷くために命を落とした開拓者たちや、行き場を失って線路沿いを彷徨っていた浮遊霊たちの集まりだった。

3.暗闇の終着駅

「霊感がなくてもわかる。この車両ごと、どこか別の場所に引っ張られてるな」

蓮は立ち上がり、帰真剣の柄を握り締めた。列車の速度が徐々に上がっている。このままトンネルの奥深く――霊界の狭間へと列車が加速していけば、現世に戻れなくなる恐れがあった。

「わんっ!」

シャドウが闇に向かって吠え、美鈴の指示で通路の中央に立ちはだかった。美鈴は胸の前に手を掲げ、ケルトの守護結界を展開する。

「これ以上、車両の奥へは行かせないわ! あなたたちの乗る列車は、これじゃない!」

美鈴の放った緑色の光の壁が、前進してくる霊たちを押し留める。しかし、長年この暗い山筋に溜まり続けていた無念の質量は重く、結界にギチギチと亀裂が入り始めた。

「先輩、送魂を! 彼らの『未練の行き先』を切り替えてあげてください!」

「任せろ!」

蓮は通路に立ち、帰真剣を真っ直ぐ前方に構えた。

霊感がない蓮には、霊たちの顔は見えない。だが、走る列車がトンネルの先の「光」を目指すように、この迷える魂たちにも行くべき方向を示すことはできる。

「道法無辺。――暗闇を駆ける旅人たちよ、あんたたちの旅はもう終わったんだ」

蓮は八極拳の呼吸で体幹を固定し、走行する列車の揺れを完全に吸収しながら、前方の闇へと踏み込んだ。帰真剣の刃に沿って、道教の浄化の符が激しく燃え上がる。

「未練を捨て、次の駅へ往け。――ハッ!」

蓮の放った一閃が、列車の進行方向の闇を縦一文字に切り裂いた。

それは空間を断ち切る刃ではなく、トンネルの出口よりも眩しい「あの世への光の道」を車内に作り出す、渾身の送魂。

光の道を見た霊たちは、ハッとしたように足を止め、やがて一人、また一人と、穏やかな表情でその光の中へと吸い込まれていく。

「あぁ、やっと帰れる……」

そんな囁きが汽笛の音に混ざって聞こえた気がした。

4.エピローグ:窓外に広がる太平洋

フッと、車内に再び眩しい蛍光灯の光が戻った。

天井の扇風機が何事もなかったかのように回り始め、周囲には今回の試験運行に一般公募に当選した一般の乗客である、居眠りをする老夫婦や、お喋りに花を咲かせる学生たちの賑やかな声が満ちている。

列車は長いトンネルを抜け、視界が一気に開けた。

窓の外には、抜けるような青空と、太陽の光を浴びてキラキラと輝く広大な太平洋の海原が広がっていた。東部幹線に入ったのだ。

「……ふう。冷や汗をかきました。一時はどうなることかと」

美鈴が座席に深く体を預け、冷たいお茶を一口飲んだ。

「列車の速度とシンクロさせて送魂の刃を放つのは、さすがに骨が折れたな」

蓮も額の汗を拭い、帰真剣を丁寧に座席の脇へと収めた。

足元では、大仕事を終えたシャドウが満足そうに蓮の足に顎を乗せている。

「でも、あの人たち、最後に海が見えて良かったかもしれませんね」

美鈴が窓の外の美しい波しぶきを見つめながら、優しく微笑む。

「そうだな。これだけ綺麗な海だ、迷わずにあの世の特等席へ行けただろ」

列車はガタゴトと規則正しい音を立てながら、次の目的地へ向けて、青い海岸線を快調に走り続ける。

双霊相談事務所の二人の旅は、まだ始まったばかりだった。


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