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台湾祓清愛哀歌ー祓清の絆  作者: シットライヌ
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第三十九話:「九份の紅提灯、雨霧に迷う茶会」

台湾祓清愛哀歌:第三十九話「九份の紅提灯、雨霧に迷う茶会」

1.雨煙る黄金の街

細い雨が石畳を濡らし、軒先に吊るされた無数の紅提灯あかちょうちんが、濡れた路面に幻想的な赤い光を落としている。

台北市から車で約一時間。かつて金鉱山として栄え、今はノスタルジックな観光地として人気を集める山間の街・九份ジョウフェンに、佐藤蓮と李美鈴は足を踏み入れていた。

「……九份は一年の大半が雨だとは聞いていましたが、本当に見事な霧ですね」

美鈴が傘を傾けながら、細く急な階段(豎崎路)を見上げる。

「ああ。だが、この湿気と霧が、過去の記憶を保存する『蓋』の役割を果たしているのかもしれないな」

蓮は傘の柄を肩に乗せ、周囲の気配を探った。

今回の依頼人は、九份でも歴史ある茶藝館のオーナーだった。

「夕霧が濃くなる時間帯になると、店の奥にあるはずのない『幻の部屋』が現れ、迷い込んだ観光客が気を失って倒れる」というのだ。物理的な危害はないものの、このままでは観光客に被害が拡大し、店を閉めざるを得ないという切実な相談だった。

「シャドウ、どう?」

美鈴の問いかけに、実体化して足元を歩いていた黒犬が、茶藝館の奥にある古い木扉に向かって鼻を鳴らした。

2.幻の茶藝館

「ここね。……先輩、強烈な『残滓』です。悪意はありませんが、あまりにも濃密な過去の記憶が、この場所に空間のバグを引き起こしています」

美鈴が扉に手を当てると、彼女の高い霊感が、扉の向こう側にある「異界」の構造を正確に読み取った。

「悪霊じゃないなら、強引に叩き斬るのは気が引けるな」

「ええ。彼らはただ、楽しかった時代を繰り返しているだけです」

蓮が扉を開けると、そこは茶藝館のただの物置のはずが、広々とした絢爛豪華な座敷へと繋がっていた。

耳をつんざくような胡弓の音色と、人々の楽しげな笑い声。金塊をテーブルに積み上げ、酒を飲み交わす屈強な抗夫たちと、艶やかな声で歌う芸妓たちの姿。それは、九份がゴールドラッシュに沸いていた時代――19世紀末から20世紀初頭の、終わらない宴の光景だった。

霊感の乏しい蓮の目にも、その熱気と喧騒は薄ぼんやりとした光の群れとして視認できた。

「なるほどな。黄金時代の熱狂が、この土地に縛り付けられているのか。だが、生きている人間がこの熱気にあてられれば、生命力を吸われて気を失うのも無理はない」

3.黄金の宴の終幕

幻の座敷の奥で、一際美しい声で歌っていた芸妓の霊が、侵入者である二人に気づき、悲しげに微笑んだ。

『……私たちの時代は、もう終わってしまったのですね』

彼女の言葉と共に、座敷の熱気がグラグラと揺らぎ、暴走の兆しを見せ始める。未練が執着へと変わり、悪霊へと転じようとする瞬間だった。

「させないわ。過去は過去、あなたはもう、しがらみから自由なの」

美鈴がケルト魔術の詠唱を紡ぐ。彼女の手から放たれた光の糸が、座敷の四隅にケルト十字の結界を形成した。空間の揺らぎがピタリと止まり、暴走しかけた過去の記憶が、その場に優しく縫い留められる。

「道筋はできた。後は俺の仕事だ」

蓮が帰真剣を抜き放ち、静かに前へと進み出た。

かつて戦場を駆けたこの剣も、時代に取り残されたという点では彼らと同じかもしれない。蓮は剣を構えず、敬意を払うように刃を下段に下げたまま、静かな声で送魂の真言を唱えた。

「道法無辺。――宴の終わりだ。あんたたちの黄金の輝きは、今の九份の街並みにちゃんと受け継がれている。だから、もう休んでいい」

蓮が帰真剣の切っ先で、空間の境界線をそっと撫でるように斬り裂いた。

それは、過去と現在を繋いでいた執着の糸を断ち切る、慈愛に満ちた一閃。

『……ありがとう。良き、夢でした』

芸妓の霊が深く頭を下げると、抗夫たちの霊も次々とそれに倣い、やがて黄金の宴は光の粒子となって、九份の深い霧の中へと溶けていった。

後に残されたのは、ただの埃っぽい物置部屋だけだった。

4.エピローグ:霧晴れて、芋圓ユーユェンの甘味

祓清を終えた二人は、茶藝館のテラス席に座っていた。

いつの間にか雨は上がり、眼下には基隆キールンの海と、幻想的な夜景が広がっている。

「お疲れ様でした、先輩。オーナーさん、大喜びで特上の凍頂烏龍茶を淹れてくれましたよ」

美鈴が湯気の立つ茶器と、九份名物のスイーツ「芋圓(タロ芋の団子)のぜんざい」をテーブルに並べた。

「ああ、冷えた体に沁みるな。……それにしても、あの霊たちは本当に楽しそうだった。悪意のない純粋な記憶を祓うのは、少しだけ寂しい気もするな」

蓮がもちもちとした芋圓を口に運びながら、遠くの海を見つめる。

「でも、あのままじゃ迷子と同じですから。私たちがちゃんと、行くべき場所へ案内してあげられたんです。……あ、先輩! シャドウの分の芋圓まで食べないでください!」

足元で「わん!」と抗議の声を上げるシャドウに、蓮は苦笑いしながら自分の椀から芋圓を一つ分けてやった。

「悪かった、悪かった。ほら、お前の分だ」

「もう、先輩ったら。……でも、この景色と温かいお茶があれば、私たちも良い夢が見られそうですね」

九份の紅提灯が優しく揺れる中、双霊相談事務所の二人の穏やかな笑い声が、夜の帳へと溶けていった。


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