第三十五話「電脳の蜘蛛の糸、光華商場の罠」
台湾祓清愛哀歌:第三十五話「電脳の蜘蛛の糸、光華商場の罠」
1.見えない糸をたどって
「……やっぱり、不自然です」
双霊相談事務所に、李美鈴の険しい声が響いた。彼女はiMacの画面を食い入るように見つめ、キーボードを高速で叩いている。
「行方不明になった霊感の強い若者たち。彼らが失踪直前にアクセスしていたアンダーグラウンドの掲示板を解析した結果、ある特定のURLが浮上しました。表向きは『幽霊の悩み相談』を装っていますが、裏のコードには、あるファイルのダウンロードリンクが隠されています」
「ファイル?」
八極拳の鍛錬を終え、汗を拭きながら佐藤蓮が覗き込む。
「ええ。市役所の林担当員にも確認をとりました。最近、一部の闇サイトで『呪詛のやり方』を記したデータファイルが高値で売買されているそうです。……おそらく、そのファイルを開いた者の端末から、術者の念が逆流して位置情報を特定する『呪詛のマーキング』が行われているんだと思います」
「ネットの海を経由して呪詛を放つ……。まるで電脳の蜘蛛の糸だな」
蓮は顔をしかめた。相手はただの狂人ではなく、高度な技術と呪詛の才能を併せ持つ組織だ。
「その発信源、特定できるか?」
「IPアドレスは偽装されていますが、物理的なサーバーの経由地が一つだけ掴めました。……台北の秋葉原と呼ばれる電脳街、光華商場の雑居ビルです」
2.暗躍する姉弟(枢栄会)
その頃、台北市内のとある薄暗い高級マンションの一室。
無数のモニターと、旧日本帝国陸軍の古びた研究資料が散乱する部屋で、張志豪は狂気じみた瞳でパソコンの画面を見つめていた。
「足りない……。まだ足りない。霊界への『門』の座標を特定するには、もっと質の高い『見鬼の瞳』が必要だ……。我こそが、帝国陸軍の偉大なるオカルト実験の正当な後継者……!」
ぶつぶつと独り言を繰り返す弟の背後で、ハイヒールの音が響いた。
「志豪、呪詛のファイルの売上、今月も絶好調よ。あんたのオカルト趣味も、立派なビジネスになるじゃない」
姉の張麗華が、札束を数えながら赤い唇を歪める。彼女にとって、弟の妄想や歴史的背景などどうでもよかった。呪詛を利用して恐怖を煽り、金を稼ぐ。それが全てだ。
「姉さん、金などどうでもいい! 門を開くための検体を集めてくれ。もっと霊感の強い人間を!」
「はいはい、わかってるわよ。今、光華商場に仕掛けた『蜘蛛の巣』に、特大の獲物が引っかかりそうだから」
3.光華商場の攻防
その日の夕方。蓮と美鈴は、電子部品やパソコンショップがひしめき合う光華商場の薄暗い雑居ビルに足を踏み入れていた。
迷路のような廊下の奥、美鈴の足元でシャドウが低く唸る。
「先輩、この先のサーバー室です。強い呪詛の気配がします」
「よし。俺が先に出る。後輩さんは後方からサポートを頼む」
蓮が扉を蹴り開けた瞬間、部屋の中央に設置されたサーバーラックから、黒い泥のような呪詛の塊が蛇のように襲いかかってきた。物理的な質量を持たない霊とは違い、呪詛は術者の「悪意」そのものだ。
「させないわ!」
美鈴がケルト魔術を展開し、光の盾で黒い蛇を弾き飛ばす。
その隙に、蓮が帰真剣を抜き放ち、道教の符を剣の腹に貼り付けた。
「破邪顕正、悪念断絶!」
蓮の剣閃がサーバーラックにまとわりつく呪詛の根源を一刀両断する。バチバチと火花を散らしてサーバーがショートし、部屋に充満していた黒い気が霧散していった。
「……送魂する必要もない。ただの悪意のプログラムだ」
蓮が剣を収めると、美鈴が焦げたサーバーに端末を接続した。
「……ダメです。データは自動消去されました。でも、これで彼らの『蜘蛛の糸』の一つは断ち切れました」
4.エピローグ:反撃の狼煙
夜の光華商場。ネオンが眩しい通りを歩きながら、二人の表情は険しかった。
「末端のサーバーを一つ潰しただけで、根本的な解決にはなっていない。連中――『枢栄会』は、また別の場所から網を張るはずだ」
蓮の言葉に、美鈴は力強く頷いた。
「なら、彼らが一番欲しがっているものを餌にするしかありません」
「餌……? おい、まさか」
「私です。この台湾でもトップクラスの『見鬼』の能力を持つ私が、彼らの罠にわざと引っかかります。そうすれば、本拠地に案内してくれるはずです」
「馬鹿なことを言うな! 呪詛の直撃を受けたら、いくらお前でも――」
「先輩が、私を守ってくれるんでしょう?」
美鈴は悪戯っぽく笑いながら、蓮の顔を真っ直ぐに見つめた。
「私が敵の目を引きつけ、先輩が剣で断つ。いつも通りの、私たちのやり方です」
蓮は少しの間沈黙し、やがて大きなため息をついた。
「……本当に、手のかかる後輩だ。絶対に無茶はしないと約束しろよ」
ネオンの光が反射する台北の夜。
見えない敵『枢栄会』との本格的な対決に向けて、双霊相談事務所の二人は、あえて自ら暗闇の深淵へと足を踏み入れようとしていた。




