第三十四話「謎の失踪、見鬼の瞳を狩る者」
台湾祓清愛哀歌:第三十四話「謎の失踪、見鬼の瞳を狩る者」
1.不穏な来訪者
シンガポールへの海外遠征と、留守中のちょっとした騒動を経て、双霊相談事務所には再び台北の湿り気を帯びた日常が戻ってきていた。
蓮がベランダで八極拳の套路を終え、美鈴がiMacに向かって前回のブログ記事を更新していたある日の午後。事務所のドアがけたたましくノックされた。
「佐藤くん、李さん! いるか!」
勢いよく飛び込んできたのは、懇意にしている交番の陳巡査部長だった。いつもの温厚な顔に、焦りの色が濃く浮かんでいる。
「陳さん、どうしたんですか? そんなに慌てて」
蓮が冷たいお茶を差し出すと、陳巡査部長はそれを一気に飲み干し、重い口を開いた。
「実は、この一週間で管内の若者が立て続けに行方不明になっている。家出の線も洗ったが、どうも様子がおかしい。……彼らには、奇妙な共通点があるんだ」
2.見えない共通項
「共通点、ですか?」
美鈴がiMacの前に座り直し、陳巡査部長から手渡された行方不明者のリストに目を通す。年齢は10代後半から20代前半。学生やフリーターなど、職業も生活圏もバラバラだった。
「警察のデータベースでは繋がりが見えなかったんだが……彼らの家族への聞き込みでわかった。いなくなった若者たちは全員、日頃から『幽霊が視える』『奇妙な声が聴こえる』と周囲に漏らしていたらしい」
その言葉に、蓮と美鈴の表情が険しくなる。
美鈴は素早くキーボードを叩き、2000年代初頭の台湾で流行しているアンダーグラウンドなオカルト系BBS(電子掲示板)の過去ログを検索し始めた。
「……見つけました。行方不明者のうちの三人、この掲示板に書き込んでいます。ハンドルネームと書き込みの時期が、失踪直前と完全に一致します」
画面に映し出されたのは、『最近、街のあちこちで黒いモヤのようなものを見る』という不安げな書き込みだった。
「霊感が強い人間、つまり『見鬼』の能力を持つ若者だけが狙われている……?」
蓮が顎に手を当てて呟く。
「単なる迷子の霊が起こす霊障じゃない。誰かが、意図的に霊感の強い人間を選別して攫っているんだ」
3.西門町の呪い跡
二人は陳巡査部長の案内で、最後に行方不明者が出たという若者の街・西門町の路地裏を訪れた。
ネオンサインが瞬く喧騒のすぐ裏側。薄暗い路地に足を踏み入れた途端、美鈴の足元でシャドウが低く唸り声を上げた。
「……先輩。霊障じゃありません。これは……」
美鈴の顔が青ざめる。彼女の強い霊感が捉えたのは、迷える魂が発する冷たさではなく、ねっとりとした人工的な悪意だった。
「呪詛です。誰かがここで、強力な呪術を使って対象の意識を刈り取り、連れ去った痕跡が残っています」
「呪詛だと……!」
蓮は帰真剣の柄に手をかけた。
祓清の法律において、霊障を用いて他者に危害を加える行為――呪詛は、重罪として厳しく禁じられている。それを街中で堂々と行い、人間を攫うなど、尋常な手段ではない。
「シャドウ、追えるか?」
美鈴の問いかけに、黒犬は路地の奥に向かって鼻を鳴らしたが、すぐに首を振った。呪詛の痕跡は、ある地点でプツリと、不自然なほど綺麗に消え去っていたのだ。
4.エピローグ:動き出す悪意
「……手際が良すぎる。プロの、それも呪詛に異常なほど長けた人間の仕業だ」
蓮は西門町の空を見上げた。
霊界への門が開き、幽霊が視認できるようになったこの世界。もし、何らかの理由で「霊界への門」そのものを探し出そうとする狂人がいるとしたら。その探知機として、強力な霊感を持つ若者たちを集めているのだとしたら――。
「先輩……なんだか、とても嫌な予感がします。これまで私たちが相手にしてきた『迷える霊』とは根本的に違う、真っ黒な悪意を感じます」
「ああ。霊ではなく、人間が意図的に引き起こしている事件だ」
蓮は美鈴の隣に立ち、静かに言った。
「帰ろう、後輩さん。これは単なる除霊の範疇を超える。……市役所の林さんにも連絡を取って、過去に類似の呪詛事件がなかったか洗い直す必要がある」
夜の西門町の喧騒の中、二人の背中に見えない冷たい視線がまとわりついていることに、まだ彼らは気づいていなかった。ネットの闇に潜む謎の組織『枢栄会』の影が、双霊相談事務所のすぐそばまで迫っていた。




