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台湾祓清愛哀歌ー祓清の絆  作者: シットライヌ
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第三十二話「帰真剣の記憶、時を超える剣舞」


台湾祓清愛哀歌:第三十二話「帰真剣の記憶、時を越える剣舞」

1.日常の鍛錬と古い逸話

台北の朝は早い。双霊相談事務所のベランダでは、今日も佐藤蓮が日課の八極拳の套路(型)を行っていた。空気を裂く鋭い踏み込みの音に続き、手にした中国風の直剣――『帰真剣』が朝日に鈍く輝く。

「……ふう」

息を整え、剣を鞘に収めた蓮に、冷たい凍頂烏龍茶が入ったグラスが差し出された。

「お疲れ様です、先輩。毎朝飽きもせずに感心しますよ」

李美鈴がiMacの画面から目を離さずに笑う。彼女の足元ではシャドウが気持ちよさそうに二度寝を満喫していた。

「体力と精神の維持は祓清の基本だからな。それに、この剣の手入れも兼ねている」

「その帰真剣、先輩がウェイ師匠の元を離れて台湾に来た時に、骨董市で見つけたんでしたっけ? 『高名な女性剣士の愛剣だった』っていう怪しい逸話付きの」

美鈴のからかうような視線に、蓮は苦笑した。

「真偽は定かじゃないさ。ただ、初めて握った時、不思議と手に馴染んだんだ。まるで、剣のほうから俺に『使え』と言っているような気がしてな」

2.迪化街ディーホアジエの辻斬り霊

その日の午後、二人は台北でも有数の歴史を誇る問屋街・迪化街にある古い骨董店を訪れていた。

依頼主である店主の顔は青ざめている。

「数日前に買い取った古い青龍刀の周辺で、夜な夜な剣戟の音が響くんです……。おまけに、触れようとした店員の腕に、見えない刃物で切られたような痣ができまして」

「典型的な霊障ですね。物に宿った強い念が、周囲の物理法則に干渉し始めています」

美鈴がシャドウを放つと、黒犬は店の奥に鎮座する錆びた青龍刀に向かって激しく吠え立てた。美鈴の瞳が、青龍刀に絡みつく赤黒いオーラを捉える。

「先輩、強烈な『執着』です。かつて戦場で散った武人の無念が、刃に染み付いている。……ただの浮遊霊じゃありません、かなり好戦的です!」

3.剣の共鳴

「見鬼(幽霊の発見)は頼んだぞ、後輩さん。俺が送魂の陣を敷く」

蓮が帰真剣を抜いた瞬間だった。

キィンッ!

澄んだ耳鳴りのような音が、店内に響き渡った。蓮の手の中で、帰真剣が微かに震えている。

同時に、青龍刀から溢れ出した赤黒い霧が、はっきりと大柄な武人の姿を形作った。顔のないその武人霊は、蓮――いや、蓮の手にある『帰真剣』に向けて、明確な敵意と驚愕の入り混じった念を放っていた。

「わんっ!」

シャドウが飛びかかろうとするが、武人霊の振るう目に見えない刃の波動に弾かれる。

「ダメ、シャドウ! 先輩、こいつ、帰真剣を知っています! 過去にこの剣と戦った記憶が引き出されて暴走してる!」

「昔の持ち主の因縁ってやつか。……なら、俺が受けて立つしかないな」

蓮は深く腰を落とし、帰真剣を正眼に構えた。

武人霊が凄まじい気迫で襲いかかってくる。霊感が乏しい蓮には、霊の太刀筋はぼんやりとした影にしか見えない。

だが、その時。帰真剣そのものが、まるで自らの意志を持つかのように蓮の腕を先導した。

(――右、下段からの斬り上げ。次は左へいなす)

蓮の脳裏に、見知らぬ凛とした女性の声が響いたような気がした。高名な女性剣士の逸話。それはただの噂ではなかったのだ。

蓮は思考を捨て、剣の記憶と己の八極拳を完全に同調させた。鋭い金属音が霊界と現世の狭間で響き渡る。武人霊の猛攻を、流れるような剣舞で全て受け流していく。

「今よ、先輩!」

美鈴のケルト魔術が展開され、光の鎖が武人霊の動きを一瞬だけ封じ込めた。

「道法無辺、悪念退散――還れ!」

蓮が踏み込み、帰真剣の切っ先を武人霊の胸の中央へ真っ直ぐに突き入れた。それは物理的な破壊ではなく、霊を現世の執着から切り離す純粋な『送魂』の一撃。

武人霊の動きが止まり、その赤黒いオーラが浄化の光へと変わる。最後はどこか満足げな気配を残し、青龍刀の霊は霧散して死後の世界へと旅立っていった。

4.エピローグ:受け継がれるもの

夕暮れの迪化街。任務を終え、ほっと一息ついた二人は、屋台で買った胡椒餅フージャオビンをかじっていた。

「しかし、驚きました。先輩、今日はいつも以上に剣の冴えが凄まじかったですね」

「ああ……。俺一人の力じゃないさ。この剣に宿る、前の持ち主の記憶に助けられた」

蓮は布で丁寧に拭き上げた帰真剣を、愛おしそうに見つめた。質量を持たないはずの霊を断ち切るこの剣には、まだ俺の知らない深い歴史があるのだろう。

「ふふっ。高名な女性剣士の霊が、先輩の後ろで手取り足取り教えてくれたのかもしれませんね。私という優秀な後輩がいながら、ちょっとジェラシーです」

「からかうな。……だが、これからも頼りにさせてもらうよ、帰真剣」

夕焼けに照らされた剣身が、主の言葉に呼応するように一瞬だけチカッと光った。

台北の古い街並みに、二人の他愛のない笑い声が溶けていく。受け継がれた剣の重みと共に、彼らの日常は明日へ続いていくのだった。

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