第三話「電脳の呪詛、枢栄会の影」
台湾祓清愛哀歌:第三話「電脳の呪詛、枢栄会の影」
1.見えない悪意
その日の双霊相談事務所には、異様な緊張感が漂っていました。
「……先輩、これを見てください」
李美鈴がiMacの画面を指すと、そこには掲示板やSNSで急速に拡散されている「幸運を呼ぶ儀式」という書き込みがありました。
「手順通りに呪文を唱えれば願いが叶う、か。よくあるオカルトの類に見えるが?」
佐藤蓮は八極拳の套路を終え、息を整えながら画面を覗き込みます。
「普通ならそうです。でも、このサイトのバックエンドに仕込まれた『構成』が、ケルトの術式とも道教の符術とも違う、もっと禍々しい……軍事的な精密さを感じるんです」
そこへ、一人の青年が駆け込んできました。顔色は土色で、ひどい精神耗弱の兆候が見て取れます。
「助けてください……ネットで見つけた『儀式』を試したら、それ以来、知らない誰かの囁き声が止まらないんです。『門を開けろ』って……!」
2.「人工」の霊障
蓮と美鈴は、青年の自宅へと急行しました。
部屋に入った瞬間、美鈴の隣のシャドウが、かつてないほど激しく牙を剥いて唸り声を上げました。
「先輩、気をつけて! これ、普通の幽霊じゃない。誰かが意図的に練り上げた『呪詛』の塊です!」
美鈴の視界には、青年の背後に絡みつく、黒いコードのような霊的エネルギーが映っていました。それは旧日本軍の階級章を思わせる歪な紋様を形作っています。
「幽霊を呼び出すのではなく、人間の負の感情を『増幅』させて、無理やり霊障を引き起こしているのか」
蓮は帰真剣を抜き放ちました。しかし、今回は「送るべき魂」が見当たりません。
「後輩さん、核はどこだ!」
「青年のパソコンです! 画面の中に、誰かの執念が居座ってる!」
蓮は八極拳の歩法で踏み込み、パソコンのモニターに向けて符を叩きつけました。
「道法自然、破邪顕正!」
剣の閃光と符の力が炸裂し、室内を満たしていた不快なノイズが霧散します。しかし、呪詛の根源を断ち切った感触はありませんでした。
3.枢栄会の双子
同じ頃、台北の古びた雑居ビルの一室。
そこには、無数のCRTモニターと、茶色く変色した旧日本陸軍の極秘資料が山積みになっていました。
「……チッ、接続が切れたか。面白い『実験体』だったのに」
モニターの光に照らされた若い男――張志豪が、苛立ちを隠さずに爪を噛みました。彼の瞳には、狂気にも似た知識への渇望が宿っています。
「門を見つけるには、もっと多くの『観測点』が必要なんだ。帝国陸軍の英霊たちが遺したこの理論、僕が完成させてみせる」
傍らで札束を数えていた姉の張麗華が、冷ややかに笑いました。
「いいじゃない、志豪。あの『呪詛マニュアル』、裏サイトでかなりの値がついたわ。あんたが門を探そうが、世界を壊そうが構わないけど、私のビジネスの邪魔だけはしないでね」
志豪は姉の言葉など耳に入らない様子で、壁に貼られた「双霊相談事務所」のブログのプリントアウトを睨みつけました。
「邪魔が入ったな。道教の術者……佐藤、と言ったか。旧時代の遺物が、僕の崇高な研究に触れるな」
4.見えない敵への誓い
万華区の夜市。
事件を解決したものの、蓮の表情は晴れませんでした。
「後輩さん、あの呪詛……あれは事故じゃない。明確な意志を持って、誰かが『門』の力を利用しようとしている」
「ええ。私たちのホームページへのアクセスログからも、不審な追跡が見つかりました」
二人は屋台の牛肉麺をすすりながら、静かに決意を固めました。
「敵は姿を見せない『呪い師』か」
「でも、足跡は必ず残ります。私のデジタルスキルをなめないでほしいですね」
美鈴は力強く麺を啜り、蓮は帰真剣の柄をそっと確かめました。
見えない門、戦時中の亡霊、そして現代に潜む悪意。
二人の戦いは、ただの除霊から、より深い闇への対峙へと変わり始めていました。




