第二十五話「学び舎の居残り影」
台湾祓清愛哀歌:第二十五話「学び舎の居残り影」
1.キャンパスからのSOS
鬼月の喧騒が去り、台北の街に新学期の足音が聞こえ始めた九月。双霊相談事務所に、一人の女子大生が駆け込んできました。
「美鈴、助けて! 語学センターの自習室に、どうしても『帰ってくれない人』がいるの!」
彼女は美鈴が大学の語学留学時代に親しくなった友人のシャオフェイでした。
「落ち着いて、シャオフェイ。……先輩、そういうわけですので、今日は私の母校へ行ってもらえますか?」
美鈴がiMacの画面から顔を上げ、蓮に頼みます。
「母校か。後輩さんの頼みなら断れないな。ちょうど八極拳の稽古で体がなまっていたところだ」
蓮は愛剣・帰真剣を竹刀袋に隠し、黒のトヨタ・カローラ・アルティスのキーを手に取りました。
2.消えないタイピング音
夕暮れ時の大学キャンパス。2000年代初頭の校舎には、MDプレーヤーで音楽を聴く学生や、分厚い辞書を抱えた留学生たちが往来していました。
問題の場所は、古い赤レンガ造りの語学センター二階にある、夜間自習室でした。
「最近、深夜に一人で勉強していると、誰もいないはずの隣の席から『カタカタ……』とキーボードを叩く音が聞こえるんです。ふと見ると、一瞬だけ、古いフロッピーディスクを持った学生の姿が見えるって……」
シャオフェイが震える声で説明します。
「……いるわ。でも、これ、今までの霊障とは少し違う。すごく静かな執着」
美鈴が自習室のドアに手を触れた瞬間、彼女の瞳がわずかに光りました。足元からはシャドウが音もなく這い出し、特定のデスクの前で座り込みました。
「先輩、あの席です。……1990年代後半のファッションをした男性が、必死に画面に向かっています。でも、彼の持っているフロッピーが壊れていて、データが読み込めないみたい」
3.未完の論文、最後のクリック
蓮にはその姿は見えませんが、美鈴が指し示す場所に向かって、静かに符を掲げました。
「道法無辺。彼の心の『詰まり』を解き明かせ」
蓮の術によって霊的空間が安定すると、美鈴には幽霊の青年が流す涙が見えました。
「彼は……卒業論文の提出期限の夜に、事故で亡くなったんだわ。あと一行、最後の結論を書き込めば完成だったのに、それができなくてずっとここに居残っている」
「後輩さん、俺が彼を『送る』ための道を作る。君は彼の代わりに、その最後の一行を打ってやってくれ」
蓮が帰真剣を抜き、空中に円を描きました。柔らかな光の結界が自習室を包み込みます。
美鈴は青年の幽霊の隣に座り、現世のノートパソコンを広げました。美鈴がキーボードを叩くと、青年の幽霊も満足そうに指を動かしました。
「『――以上の考察より、言語は心を繋ぐ架け橋であると言える』……はい、完成です!」
美鈴がエンターキーを強く叩いた瞬間、蓮が浄化の真言を唱えました。
「帰真。お前の努力は、今ここで報われた。……もう、休んでいいんだ」
青年の幽霊は、美鈴に深々と一礼し、手に持っていたフロッピーディスクが光の粒となって消えると共に、穏やかな表情で空へ溶けていきました。
4.エピローグ:学食の思い出
「……ふぅ。まさか代筆が祓清になるとは思いませんでした」
事件が解決し、三人はキャンパス内の学食に立ち寄りました。
「いや、あいつの表情は見えなかったが、部屋の空気がふっと軽くなったのは分かったよ。お疲れ様、後輩さん」
「美鈴、本当にありがとう! お礼に、ここの名物の『牛肉麺』と『レモンティー(檸檬紅茶)』を奢るわね!」
シャオフェイが明るい笑顔を取り戻し、山盛りの麺を運んできました。
「わあ、懐かしい! ここの牛肉麺、スープが濃厚で大好きだったんです!」
美鈴が嬉しそうに箸を動かします。
「先輩、見てください。今日のブログのタイトルは『放課後のゴーストライター』に決まりです。……あ、でも私の学食での食べっぷりは内緒ですよ?」
「もう遅い。シャドウが証拠写真を撮るみたいにじっと見てるぞ」
蓮の言葉に、美鈴は「もうっ!」と頬を膨らませました。
夕闇に包まれるキャンパスに、三人の笑い声がいつまでも響いていました。
第25話、完了。




