第二十三話「鬼月の狂騒、迷子たちを家まで」
台湾祓清愛哀歌:第二十三話「鬼月の狂騒、迷子たちを家まで」
1.霊能者の繁忙期
「……もう無理です、先輩。私の視界、今『幽霊のバーゲンセール』状態ですよ」
台北市大同区、双霊相談事務所。美鈴はiMacの前にぐったりと突っ伏していました。
旧暦七月、鬼月。霊界の門が開き、無数の「好兄弟(ハオションディ:幽霊)」が現世に溢れ出すこの時期、台北の街は「生者より死者の方が多い」と言われるほどの過密状態になります。
「弱音を吐くな、後輩さん。市役所の林さんからのお願いだ。ボランティアとはいえ、ここでの働きが来期の技能士カード更新の査定に響くんだぞ」
蓮はテキパキと符術の束をカバンに詰め込み、帰真剣を背負いました。
「査定って……公務員じゃないんですから! ああもう、シャドウまであっちの幽霊、こっちの幽霊に反応しちゃって、私の脳内は今ノイズだらけです!」
足元では、分霊の黒いラブラドールレトリバー、シャドウが「わんわん!」と虚空に向かって吠え続けています。
「よし、カローラを出すぞ。まずは龍山寺の広場だ。あそこで『帰り道がわからなくなった霊』が溜まって、大規模な霊障(交通渋滞)が起きてるらしい」
2.龍山寺、カオスな儀式
龍山寺の周辺は、真っ赤な提灯と線香の煙、そしてお供え物の豚の丸焼きの匂いで満ちていました。
道教、仏教、あらゆる宗派の霊能者たちが総出で儀式を行っていますが、押し寄せる「迷子」の数はそれを上回っていました。
「先輩、右! あの屋台の看板に引っかかってるおじいさん霊! 左には、観光客の肩に乗っちゃってる子供の霊が三人!」
美鈴が叫び、指示を出します。蓮には何も視えませんが、彼女の言葉を信じて符を投げ、帰真剣を振るいます。
「道法無辺! 交通整理、急々如律令!」
蓮が符で道筋を示すと、行き場を失っていた霊たちが整列し、霊界への正しいルートへと導かれていきます。
「ちょっと先輩! 振りすぎです! 今、私の髪の毛まで送魂の光でチリチリになりそうでしたよ!」
「悪い、目隠しで剣を振ってるようなもんなんだ、勘弁してくれ!」
「もーっ! 先輩の八極拳の踏み込む癖のせいで、震脚(八極拳独自の踏み込み)が強すぎて、地面のタイルが割れそうです! 陳巡査部長に怒られても知りませんからね!」
3.夜市の追跡劇
ボランティアは深夜まで続きました。二人は龍山寺からすぐの廣州街夜市へと移動します。
熱気とスパイスの香りが漂う中、一体の「はぐれ霊」が猛スピードで屋台の間を縫って逃げていきました。
「先輩、あれ! 20世紀中頃の服を着た青年霊です! お供え物の香りに釣られて、霊界に戻るのを拒否して暴走してます!」
「よし、追いかけるぞ!」
人混みをかき分け走る二人。
「邪魔よ、どいてどいて!……あ、おじさん、そこの蚵仔煎一つ予約! 後で買いに来るから!」
「後輩さん、不謹慎だぞ!……あ、大将、俺には魯肉飯を一つ、後で!」
「先輩だって注文してるじゃないですか!」
シャドウが鋭く吠え、逃げる霊を角に追い詰めました。
美鈴がケルト魔術の結界で動きを止め、蓮が最後の一撃――ではなく、最も優しい「送魂」を放ちます。
「宴は終わりだ。腹一杯食べたなら、本来の場所へ帰りな」
蓮の帰真剣が夜空に円を描くと、青年霊は満足げな顔をして、光の中に溶けていきました。
4.エピローグ:嵐の後の味
深夜二時。
ようやくボランティアのノルマを終えた二人は、約束通り夜市の片隅でプラスチックの椅子に腰を下ろしていました。
「……死ぬかと思いました。鬼月なんて、一年に一回じゃなくて、十年に一回でいいですよ……」
美鈴が熱々の蚵仔煎を頬張りながら愚痴をこぼします。
「はは、そうもいかないさ。だが、これで今年の徳(功徳)はかなり積めたはずだ。……ほら、シャドウも満足そうだぞ」
シャドウは実体のない鼻を蓮の魯肉飯に近づけ、クンクンと匂いを楽しんでいます。
「先輩。来週のホームページの更新、タイトルは決まりました。『鬼月の狂騒:先輩の剣より私の胃袋が動いた日』です」
「おい、せめて俺の活躍も少しは書けよ」
「考えときます。……あ、もう一個オムレツ追加していいですか? ボランティア代の代わりに」
「……俺の財布が霊障で空っぽになりそうだな」
二人の笑い声が、まだ線香の煙が漂う台北の夜空に響いていました。
霊と人が最も近づく一ヶ月。二人の絆もまた、この喧騒の中で少しだけ深まったようでした。
第二十三話、完。




