第十五話琥珀の海、先史この呼び声
台湾祓清愛哀歌:第十五話「琥珀の海、先史の呼び声」
1.国道11号線、青の回廊
花蓮からさらに南へ。佐藤蓮の駆るカローラ・アルティスは、太平洋の荒波が削り出した奇岩が続く国道11号線(海岸公路)をひた走っていました。
「……先輩、見てください! 三仙台のあの橋、本当に龍の背中みたい」
窓の外、八つのアーチが連なる巨大な歩道橋を指さして、美鈴が声を弾ませます。
「ああ、絶景だな。だが、あの美しい景色の裏側で、地脈が悲鳴を上げているのが分かるか?」
蓮の言葉通り、美鈴の隣でシャドウが海の方を向き、クンクンと不安げに鼻を鳴らしていました。
今回の目的地は、台東市郊外にある卑南遺産公園。数千年前の石柱が並ぶ先史時代の遺跡群で、最近「地面から電子音が聞こえる」「夜中に石柱が青く発光する」という奇妙な噂が広まっていました。
2.数千年の静寂と、現代のノイズ
台東で合流した陳巡査部長と林さんは、すでに現地の考古学者たちから事情を聴取していました。
「佐藤さん、美鈴さん。どうやら枢栄会は、この地の下に眠る『先史時代の記憶』に目をつけたようです。数千年前の埋葬跡から、未知の霊的エネルギーを抽出している形跡がある」
林さんが、ノイズの混じったスキャンデータを提示しました。
一行が遺跡の深部へ足を踏み入れると、そこには異様な光景が広がっていました。
巨大なスレート石柱の周囲に、蜘蛛の巣のように張り巡らされた光ファイバー。それは、志豪が設計した「霊的サーバー」へと繋がっていました。
「……あいつら、数千年前の死者の安らぎまで、ハードディスクに詰め込もうっていうの?」
美鈴の瞳に、怒りの色が宿ります。
「シャドウ、行って! 物理的な接続を断ち切るわ!」
3.太上律令、数千年の呪縛を解く
「……侵入者を確認。防衛プログラム、起動」
無機質な合成音声と共に、遺跡の影から「電子の泥」を纏った半透明の守護者たちが現れました。それは卑南文化の戦士を模した枢栄会製の擬似霊体であり、その全身には回路図のような紋様が不気味に明滅しています。
蓮は腰を落とし、帰真剣を静かに抜き放ちました。今回は拳を固めるのではなく、左手に数枚の「五雷符」を挟み、印を結びます。
「天地の正気、我が剣に宿れ。……道法自然、太上律令!」
蓮が符を宙に投げると、それらは磁石に引かれるように擬似霊体たちの頭上で静止し、激しい火花を散らしました。蓮は流れるような動作で剣を振るい、空中に黄金の**「八卦図」**を描き出します。物理的な衝撃波ではなく、清浄な霊的圧力がドーム状に広がり、電子の泥を焼き払っていきました。
「後輩さん、今だ! 術式を逆流させる!」
「了解! シャドウ、影の回路をオーバーロードさせて!」
美鈴が叫ぶと同時に、シャドウが地面に広がる光ファイバーを噛み砕きました。蓮は剣先を地下のサーバーへと向け、最後の一喝を放ちます。
「急々如律令! 眠りを妨げる鎖よ、本来の無へ還れ!」
剣から放たれた純白の雷光がサーバーの防壁を貫き、数千年の時を越えて囚われていた古代の魂たちが、デジタルの呪縛から一斉に解き放たれました。青い電子音は霧散し、遺跡には再び心地よい潮騒の音だけが戻ってきました。
4.エピローグ:東河包子の温もり
事件解決後、四人は潮風に吹かれながら、台東名物の「東河包子」の店に立ち寄りました。
「ふーっ……やっぱり、このもちもちの皮と、肉汁たっぷりの餡が最高です。東部の旅の醍醐味ですね」
美鈴が大きな肉まんを両手で持ち、幸せそうに頬張ります。
「ああ。ここの『猪血湯』も絶品だ。血の塊の食感と、酸菜の酸味が戦いの後の体に染みるな」
蓮もまた、熱いスープを啜りながら、陳巡査部長や林さんと共に、解決の喜びを分かち合いました。
「佐藤さん、美鈴さん。枢栄会は今回、明らかに『過去』を掘り返そうとしました。彼らの狙いは、単なるエネルギーではなく、台湾の『成り立ち』そのものに関わっているのかもしれません」
林さんの言葉に、蓮は深く頷きました。
夕暮れの台東。水平線の向こうに沈む太陽が、琥珀色の光で遺跡と海を包み込んでいました。
二人の戦いは、いよいよこの島の根源へと近づこうとしていました。
【今回のグルメ備忘録】
東河包子: 台東を代表する肉まん。ジューシーな豚肉と、ほんのり甘い皮のバランスが絶妙。
猪血湯: 豚の血を固めた豆腐のような具材が入ったスープ。ニラと酸菜が効いていて、意外なほどさっぱりしている。
次回、第16話。




