第十四話東海岸の咆哮、断崖のレゾナンス
台湾祓清愛哀歌:第十四話「東海岸の咆哮、断崖のレゾナンス」
1.断崖のハイウェイ「蘇花公路」
2000年代初頭、台湾東部へ向かう道は、現在よりもずっと険しく、冒険に近いものでした。
佐藤蓮の駆るカローラ・アルティスは、右手に太平洋の深い群青、左手に切り立った大理石の断崖を望む蘇花公路を慎重に進んでいました。
「……先輩、この道、さっきからシャドウがずっと震えてるんです。ただの揺れじゃない、大地そのものが『怯えている』みたいな……」
助手席の美鈴が、ダッシュボードに置いた方位磁石が狂ったように回転するのを見つめています。
今回の依頼は、花蓮の山奥にある大理石採掘場からでした。
「機械が突然逆回転を始める」「深夜のトンネルから、存在しない電車の轟音が聞こえる」という奇妙な報告。林さんを通じて届いたそのデータには、枢栄会が以前使用していた「共鳴周波数」に酷似したノイズが混じっていました。
2.太魯閣の沈黙
一行が到着したのは、雲が山肌を舐めるように流れる太魯閣峡谷の入り口。
そこには、現地の警察関係者として先に到着していた陳巡査部長が待っていました。
「佐藤さん、よく来てくれた。ここの状況は深刻だ。地元の人たちは『山の神が怒っている』と言って山に入ろうとしない。だが、私の勘はもっと『機械的』な悪意を感じているんだ」
美鈴がノートパソコンを展開し、現地の霊的磁場をスキャンします。
「……見つけました。この先の古い貨物トンネルの奥。枢栄会が仕掛けた『霊的増幅器』が、太魯閣の強力な地脈を無理やり引きずり出そうとしています。このままだと、大規模な土砂崩れや地震が起きかねません!」
「地脈の略奪か。……奴ら、都会の霊だけでは飽き足らず、大自然の力まで手に入れようっていうのか」
蓮は帰真剣を背負い直し、暗いトンネルの奥へと足を踏み入れました。
3.霊山を鎮める清浄の火
トンネルの奥では、不気味な青い光を放つ最新鋭のタワー型機器が、大理石の壁に無数のコードを突き刺していました。周囲には、乱された地脈の奔流に当てられ、狂暴化した「山の精霊(魑魅魍魎)」たちが、ノイズを纏った獣のような姿でうごめいています。
蓮は帰真剣を水平に構え、その身に宿る法力を高めました。今回は敵を打ち倒すのではなく、暴走する大地の気を「鎮める」ことに集中します。
「天の清、地の寧。万物の霊、我が命に従え。……道法自然、紫微鎮魂!」
蓮が左手で「雷印」を結び、数枚の**「破邪符」**を宙に放つと、それらは五芒星の形を成して機器を包囲しました。蓮が剣を振るうたびに、青白い法力の火花が弾け、獣たちの狂気を焼き払っていきます。
「後輩さん、今だ! 機器の共鳴を逆位相で相殺しろ!」
「了解! シャドウ、影の牙でデジタル回路の『核』を貫いて!」
美鈴の叫びと共にシャドウが跳躍し、漆黒の影となって機器の基盤へ食らいつきます。蓮は剣を天に掲げ、最後の一喝を放ちました。
「急々如律令! 荒ぶる地脈、本来の平穏へ還れ!」
剣から放たれた清浄な光がトンネル内に満ち、機器が吸い上げていた山のエネルギーを無理やり押し戻しました。断末魔のような電子音と共にタワーが活動を停止すると、荒れ狂っていた大地の震えは嘘のように収まり、太魯閣の深い静寂が戻ってきました。
4.エピローグ:花蓮の味と、太平洋の祈り
事件解決後、四人は花蓮市街へと戻り、冷えた潮風に吹かれながら一息つきました。
「いやあ、大自然の中での捜査は心臓に悪い。だが、おかげで地元の名士たちも安心するだろう」
陳巡査部長が、ようやく安堵の表情を見せました。
立ち寄ったのは、花蓮名物の「扁食(ビェンシー:ワンタン)」の老舗。
透明なスープに、薄い皮から透けて見えるピンク色の肉餡。セロリと揚げネギの香りが、戦いで疲れた鼻腔を優しくくすぐります。
「はふっ……。このワンタン、飲み物みたいにツルッと入っちゃいますね。台北のとはまた違った、素朴で力強い味です」
美鈴が蓮華を口に運び、目を細めます。
「ああ。自然の力は、正しく使えばこれほど人を癒すものなんだがな……。枢栄会の奴ら、この景色を見ても、まだデータの一部だとしか思わないんだろうか」
蓮は窓の外、月明かりに照らされた太平洋を見つめました。
枢栄会の実験は、徐々に台北を超え、台湾全土へとその触手を伸ばしています。
しかし、それを阻む四人の絆もまた、この旅を通じて岩壁のように強固なものへと変わりつつありました。
【今回のグルメ備忘録】
花蓮扁食: 非常に薄い皮が特徴のワンタン。喉越しが良く、いくつでも食べられる。
曾記麻糬: 手作りのもちもちしたお餅。お土産の定番。
次回、第15話。




