第十二話「赤い封筒(ホンパオ)、届かない契約」
台湾祓清愛哀歌:第十二話「赤い封筒、届かない契約」
1.道に落ちた「罠」
2000年代初頭の台北。路地裏の湿った空気の中に、不自然に鮮やかな「赤い封筒(紅包)」が落ちていました。
「……あ、これ、誰かの落とし物かな?」
深夜のアルバイト帰りの大学生、阿強が何気なくそれを拾い上げた瞬間、周囲の温度が数度下がったことに彼は気づきませんでした。封筒の中には、数枚の紙幣と、見知らぬ女性の遺髪、そして小さな電子チップが仕込まれていたのです。
翌日、阿強の家族が「双霊相談事務所」へ駆け込んできました。
「息子が、寝ている間に『結婚おめでとう』という女の声が聞こえると言って、どんどん衰弱しているんです……!」
「……赤い封筒を拾った? それはまずいな」
佐藤蓮は八極拳の套路を中断し、険しい表情で帰真剣を手に取りました。台湾の古い言い伝え――未婚で亡くなった女性の親族が赤い封筒を道に置き、それを拾った男を「死者との婿」にする「冥婚」の儀式です。
2.ハイブリッドな呪詛
李美鈴が阿強の持ち込んだ封筒をiMacの横に置き、センサーをかざしました。
「先輩、これ、ただの古い風習じゃないわ。封筒の中に仕込まれたチップから、特定周波数の電波が出ています。……これを通じて、死者の執着を増幅させ、阿強さんの生命エネルギーを強制的に吸い上げている。……枢栄会の仕業よ」
「……あいつら、伝統的な呪いまで効率化しようっていうのか」
蓮の怒りに呼応するように、シャドウが阿強の影をじっと見つめて唸りました。
「……いるわ。阿強さんの背中に、白い花嫁衣装を着た女性の霊が、真っ黒な『コード』で繋がれてる。彼女、泣いてるわ……自分の意志じゃない、無理やり彼に執着させられてるんだって」
林さんからの情報によれば、最近、台北市内のいくつかの特定の路地で、同じようなチップ入りの赤い封筒が意図的に配置されているとのこと。枢栄会は「冥婚」という強固な霊的契約を利用して、大規模な「生体エネルギー回収実験」を行っていたのです。
3.断ち切られる「赤い糸」
二人は深夜、阿強を連れて、封筒が置かれていた古い廟の裏手へと向かいました。
霧が立ち込める中、美鈴の目には、阿強の首に絡みつく黒いデジタル状の「赤い糸」が見えていました。
「先輩、座標を転送します! その糸の結び目を斬ってください!」
「了解だ。……道に迷った魂を、歪な契約で縛り付ける奴らは許さん。道法自然、破邪顕正!」
蓮は八極拳の歩法で踏み込み、美鈴が指し示す「虚空の結び目」に向けて、帰真剣を振り下ろしました。
物理的な衝撃音ではなく、電子回路がショートするような高い音が響き渡ります。チップから放たれていた呪詛のノイズが止まり、女性の霊を縛っていた黒いコードが弾け飛びました。
「本来の姿へ還れ。……君を縛る契約は、もう存在しない」
蓮の送魂が始まると、女性の霊は花嫁衣装から静かな白いワンピース姿へと変わり、最後には一輪の菊の花が散るように、穏やかに消えていきました。
4.エピローグ:胡椒餅の熱
翌朝、阿強の顔には血色が戻り、事件は一応の解決を見ました。
しかし、張志豪と麗華の双子は、遠く離れたモニターの前で、この結果を冷ややかに見つめていました。
「……プロトタイプ・チップの破損を確認。でも、冥婚の『契約強制力』がデジタル波形に変換可能だということは証明されたね、姉さん」
「いいわ、志豪。データの回収は済んだし、次のロットはもっと巧妙に隠しましょう」
志豪がキーボードを叩くと、台北市内の地図上に、まだ見ぬ「赤い点」がいくつも浮かび上がりました。
一方、蓮と美鈴は、龍山寺の近くで名物の*胡椒餅」を頬張っていました。
窯の内壁に貼り付けて焼かれた、パリパリの皮。中からは肉汁溢れる胡椒の効いた肉餡と、たっぷりのネギ。
「あふっ、あふっ……熱い! でも、このパンチの効いた味が体に染みますね、先輩」
「ああ。……枢栄会の奴ら、古い風習まで汚しやがって。次は、あのチップの出所を突き止めてやる」
二人の前を、風に煽られた一枚の赤い紙が通り過ぎていきました。
それはただのゴミか、あるいは次の「罠」か。
台北の夜は、まだ多くの秘密を隠したまま、更けていくのでした。




