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台湾祓清愛哀歌ー祓清の絆  作者: シットライヌ
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第一〇四話「士林夜市の熱気と幻の屋台」

第一〇四話「士林夜市の熱気と幻の屋台」

二〇〇〇年代初頭の台北。夜が深まるにつれ、街はむしろ活気を増していく。その象徴とも言える台北最大のナイトマーケット「士林夜市(シーリンイエシー)」は、無数のネオンと赤提灯に照らされ、人々の熱気と屋台から立ち昇る美味しそうな匂いでむせ返るようだった。

「さぁさぁ、台湾が誇る最強のバディの無事帰国を祝って……乾杯!!」

市役所の林担当員が高らかにプラスチックのカップを掲げると、陳巡査部長、探偵の呉さん、フリー記者の黄さんも一斉に声を上げた。

「乾杯!!」

熱気あふれる夜市の路上テーブルで、佐藤蓮と李美鈴の帰国祝いの打ち上げが盛大に開かれていた。 テーブルの上には、士林夜市名物がこれでもかと並べられている。顔の大きさほどもある巨大なフライドチキン「大鶏排(ダージーパイ)」は外はカリカリ、中はジューシーで五香粉の香りが食欲をそそる。そして、鉄鍋で焼き上げられた熱々の「生煎包(焼き小籠包)」は、かじると底のカリッとした食感と共に、濃厚な肉汁がジュワッと溢れ出した。

「ん〜〜っ! やっぱり台湾の夜市のご飯は最高です! イザベラ先生のスコーンも美味しかったですけど、このジャンクな活力がたまりません!」

美鈴がハフハフと生煎包を頬張りながら満面の笑みを浮かべる。足元のシャドウも、特別に用意してもらった味付け無しの茹で鶏肉を夢中で平らげていた。

「海外で美味いものを食ってきたってのに、お前さんたち相変わらず見事な食べっぷりだな。見ていて気持ちがいいぜ」

呉さんがビールを煽りながら笑い、黄さんがすかさずカメラを構えて

「若き英雄たちのオフショット、いただき!」

とフラッシュを焚く。陳巡査部長も

「平和な夜市で君たちと食事ができるのが、警察としては一番ありがたいよ」

と目を細めた。

しかし、その平和な宴の最中。 「……グルルル」 シャドウがふと顔を上げ、メインストリートから一本外れた暗い路地裏に向かって低く唸り声を上げた。 同時に、美鈴がピタリと箸を止め、蓮もまた、夜市の熱気とは明らかに異質の「氷のように冷たい気」が路地から漏れ出しているのを感じ取った。

「……先輩」

「ああ。どうやら、お祝いの席の隣に『招かれざる客』が迷い込んでいるらしい」

二人は目配せをすると、「ちょっと風に当たってきます」と仲間たちに告げ、人混みを縫って暗い路地裏へと足を踏み入れた。

メインストリートの喧騒が嘘のように静まり返った路地。そこには、存在しないはずの「古い木造の屋台」の幻影がぼんやりと青白く発光していた。

「視えました。……おじいさんの幽霊です。頭にタオルを巻いて、一心不乱に麺を茹で続けています」

美鈴の瞳が、幻の屋台の厨房に立つ老人の姿を捉える。

「でも、誰も買いに来ない。彼は『自慢の味をもう一度、あの常連客たちに食べさせたい』と焦りながら、永遠に完成しない麺を作り続けています。その満たされない寂しさが霊障となって……」

美鈴が視線を向けた先では、路地の近くを歩いていた数人の観光客が、突然「もう何も食べたくない」「家に帰って一人になりたい」と呟きながら、深い虚脱感に襲われて座り込んでいた。老人の「孤独」と「焦燥感」が周囲の人々の生気を奪い取っているのだ。

「このままでは夜市全体の活気が吸い取られる。空間を縛るぞ!」

蓮は即座に鞄から数枚の黄色い護符を引き抜き、鋭い踏み込みと共に路地の四方へ打ち放った。

「道法無辺、急々如律令!」

バチィッ! と空気が爆ぜ、見えない結界が展開される。霊障の冷気と虚脱感は結界の壁に阻まれ、座り込んでいた観光客たちは「あれ、急にどうしたんだろ?」と不思議そうに立ち上がり、再び明るい夜市へと戻っていった。

結界の中に取り残され、誰も来ない屋台で絶望的な表情を浮かべる老人の霊に、美鈴がゆっくりと歩み寄る。 彼女の指先から、ケルト魔術の温かく柔らかな緑色の光が溢れ出し、冷え切った路地裏を優しく照らし出した。

「おじいさん、もう十分ですよ」

美鈴は台湾華語で、老人の手をそっと包み込むように語りかけた。

「あなたの屋台の味は、もうここにはありません。でも、あなたが心を込めて作った一杯で笑顔になった人たちの記憶は、今でもこの街にちゃんと残っています。外の夜市がこんなに賑やかなのは、あなたのような人たちが、ずっと昔から美味しいもので人を笑顔にしてきたからです」

緑色の光の粒子が老人の魂に降り注ぐと、彼の強張っていた表情がゆっくりと解けていった。

「あの常連さんたちは、あなたの味が大好きでした。だからもう、誰も来ない屋台で焦らなくていいんです。お疲れ様でした」

老人は美鈴の言葉に深く頷き、幻のどんぶりをそっとカウンターに置いた。そして、満ち足りたような優しい笑顔を浮かべると、彼を縛り付けていた強い未練が静かに霧散していった。

「……見事だ、後輩さん。熱気あふれる夜市には、やっぱり笑顔が似合う」

未練の糸が完全に解けたのを見届け、蓮は背中の帰真剣を静かに引き抜いた。

「帰真(グイジェン)――本来の姿へ還れ」

清浄な波紋が剣先から放たれ、老人の霊を優しく包み込む。彼は最後にペコリと頭を下げると、光の粒子となり、夜市の空に浮かぶネオンの光に溶け込むようにして天へと昇っていった。

「祓清完了だ」 蓮が剣を鞘に収めると、幻の屋台は跡形もなく消え去り、路地には再び遠くから夜市の賑やかな音楽と喧騒が流れ込んできた。

「おーい! お前たち、どこに行ってたんだ?」

路地の入り口から、呉さんと陳巡査部長が顔を覗かせた。

「せっかくの歓迎会だっていうのに、まさか仕事なんてしてないだろうな?」

「いや、ちょっとした『お腹ごなし』の散歩ですよ」

蓮が苦笑いしながら答えると、美鈴がパッと顔を輝かせて林さんたちの方へ駆け寄った。

「そうです、お腹ごなしです! 魔術を……じゃなくて、散歩したらすっかりお腹が空いちゃいました!」

「ええっ、あんなに食べたのに!?」と黄さんが目を丸くする。

「甘いものは別腹です! デザートに『雪花氷(シュエホワビン)』を食べに行きましょう! マンゴーがたっぷり乗った、ふわっふわのかき氷! 練乳も追加で!」

呆れたように笑う仲間たちに囲まれながら、蓮もまた、自然と口角を上げていた。 色鮮やかなネオン、飛び交う威勢のいい声、そして美味しそうな匂い。 非日常の死闘を乗り越え、再び戻ってきた台湾の日常。視えない哀しみを祓い、今を生きる人々の熱気に包まれながら、双霊相談事務所の騒がしくも温かい夜は更けていった。



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