5.名を重ねて
二日後、再び研究室の扉が開いた。
かすかな金属音と共に、表示板が脈打つように点灯する。
《入室:AIZAWA NAGI / IGARASHI AMI》
二つの名前が、この空間に正式に並んだことを意味していた。
変わらぬ冷たい空気。整然と並ぶ培養フラスコ。低く響く機器の作動音。その中央で、亜美が立ち上がる。
以前よりわずかに明るい表情だった。
「……ほんとに、来てくれたんだね。私のチームに」
声の奥に、安堵の色が滲んでいる。潤んだ瞳は、何かを確かめるように、こちらを見つめていた。
「頼られるのも、悪くないですから」
軽く肩をすくめて返すと、亜美はこくんと頷いた。
照れを含んだ微笑みが浮かび、緊張気味の指先がタブレットに触れる。ディスプレイに映し出されたのは、異様な図面だった。
「これ……TARAK-Xの解剖推定図。第五個体――五番目に確認された個体の断片から再構成したモデルだよ」
表示された図には、TARAK-Xの詳細が描かれていた。
俺の視線は、背面の円環で止まる。
「……背中が、特におかしいですね」
「うん。サンプルが少ないからそこに関しては正直お手上げって感じかな。
ただ、重要な機能は持ってると思う」
「動力源って可能性もあるのか。つまり、未同定の中枢機関というわけですね」
「そうかも。でも……そうやってすぐに本質に届くの、すごいね、君って」
言ってから、亜美は照れくさそうに目を伏せた。だがその声には、確かな熱が宿っていた。
「あと、いくつかのサンプル部位が、この個体のどこに該当するかも、ほぼ特定できてるの」
話を戻すように、亜美が断面図を拡大していく。説明の調子に、わずかな高揚が混じっていた。
「外殻断片は、肩から背中にかけて。高密度の有機金属層でできていて、現代の装甲材を大きく上回る硬度がある」
「防弾どころじゃなく、“耐爆”レベルか」
「そうだね。次は、内部の粘膜状組織。これは下肢の内側から採取されたもので、神経や血管に相当する構造とつながってる。自己修復の起点になってるんだと思う」
「再生能力を担う部分か」
「うん。そして、君がさっき言っていた発光器官。これは背部のユニット接続部に位置してる。
微弱な電磁放射が確認されていて、全身の制御ループの中枢である可能性が高いよ」
説明の途中、亜美の視線がときおり揺れた。
観察というより、俺の反応を確かめているようだった。
「音波結晶体は、胸部の横隔膜にあたる場所にあったの。
高周波に共振して、一時的に構造が収縮する。……まるで、振動で動く臓器みたいだった」
「なら、物理攻撃じゃなく、“情報刺激”で破壊できる可能性もありますね」
「実際、音波と熱を同時に照射したとき、一部の構造が一瞬だけ崩れた記録があるの」
淡々と進む会話のなか、俺の視線は再び個体の“眼”に戻る。そこに宿るのは、ただ冷たく凍った光だけだった。
あたたかさなど、最初から存在していない。
「……こいつら、変わらないのか」
「うん。“変化”もしない。確認された範囲では、どの個体も構造がほぼ一致してた。
遺伝子の揺らぎも見つからなかったし、成長の兆候もない。“完成されたまま”の存在なんだよ」
変わらない。つまり、一つの壊し方さえ見つければ、同じ手が通る。
だが――
「……それでも、少しだけ思ってしまうの」
亜美の声が、揺れた。視線は図面ではなく、さらにその奥のどこか、遠い場所を見ていた。
「もし彼らが、“意思”ではなく“命令”で動いていただけだとしたら……。
落とされて、使われるだけの存在だったら……少しだけ、可哀想って思ってしまうの」
その言葉に、胸の奥がわずかに軋んだ。
“亜美”という音が、一瞬だけ、ナミと重なる。
――いや、違う。彼女はナミじゃない。だからこそ、俺は非情でいられる。
「……でも、俺には関係ない。
あれを殺すために見る。それだけの存在だ。
俺は、そのためにここにいる」
その言葉に、亜美は静かに頷いた。だが、目は逸らさなかった。
その奥に、小さな灯のような熱が宿っていた。
同情と執念。
そのふたつが、研究室の静けさのなかで、交差していた。




