3.静脈に燃える毒
面会は、三十分も経たずに終わった。
亜美は言葉に詰まりながらも、その内側に確かな理論を宿していた。語彙の一つ一つに、実地で磨かれた輪郭がある。
使える。
笑みのかたちを壊さぬように立ち上がり、礼を交わしてその場を離れる。今の俺に必要なのは感情ではない。記録と、次の布石だ。
廊下に出ると、足音が静かに響いた。空調の唸りと蛍光灯の白が、単純な保護施設ではない空気を証明していた。
数歩進んでから、俺は振り返った。問いは、すでに形を持っている。根拠は、彼女の存在そのものだ。
あの語彙――遺伝子発現、転写制御、再生機構。生物を相手にしなければ語れない内容ばかりだった。彼女がここにいるという事実こそが、対象が“生命”である可能性を、強く示している。
「TARAK-Xは、生命体。ですよね」
同行者の佐々木は一瞬だけ目を細め、すぐに頷いた。
「はい。反応波形、再生挙動、破損して回収できた一部の構成素材。どれも有機的な性質を示しています。TARAK-Xは、高度に進化した生命体か、あるいは有機と機械の融合体だと考えられます」
その言葉に、胸の奥が小さく震えた。
――生きているなら、殺せる。
脳裏に、焼きついた記憶が蘇る。
「……相澤ナミの映像は、ありますか」
佐々木は一呼吸置いて頷いた。その声には、微かな警戒が滲んでいる。
「相澤様のご自宅に設置されていた防犯カメラの映像があります。ただし、心理的に強い影響が予測されます。ご覧になりますか?」
俺は頷いた。もはや、逃げる理由などない。
用意された端末に映し出されたTARAK-Xは、記憶よりも鮮明だった。
骨のようにしなやかな外殻。関節の多すぎる手。鳥を思わせる顔立ちに、爬虫類じみた瞳。背中に埋め込まれた青白い発光体が、動力源にも心臓にも見えるリズムで淡く瞬いている。
一瞬、視界が歪んだ。
――ナミが、そこにいた。
目を閉じ、動かず、抵抗の気配もない。意識を失っていた。
TARAK-Xが口元を割く。するりと黒い舌が伸びた。濡れているようでいて、光すら吸い込むほどに黒い。それがナミの胸元に触れた瞬間、すべてが始まった。
巻き込み、包み、導いていく。その動きは異様なほど滑らかで、あまりにも静かだった。ナミの体は柔らかく持ち上がる。捩れも傷もなく、血の気さえ引かないまま、“それ”に運ばれていった。
まるで毛布で抱き上げるように優しく――けれどそれは、咀嚼を伴わない捕食だった。
動けなかった。叫べなかった。ただ、見ていることしかできなかった。焼きついたのは、ナミという光が消えていく、その“消失”そのものだ。
「っ……!」
喉が震える。声にならない音が、奥底から這い上がってきた。
怒りは熱ではなかった。氷の毒だ。血管の内側を猛毒が逆流し、骨をきしませ、視界の奥を割っていく。
「殺す……あれは、俺が……」
拳が震え、力を込めすぎた爪が肉に食い込むと、血がにじんだ。それでも、目は逸らさない。消すべき敵を、この目に刻みつけるために。
一度、深く息を吸う。冷たい空気が肺へ流れ込み、せり上がる熱をわずかに押し返した。
佐々木は何も言わなかった。彼女の視線は、干渉でも憐憫でもない。冷徹な警戒が張りついていた。
「……続きを」
俺の声に応えて、映像が切り替わる。角度を変えたTARAK-X。異なる環境、異なる発光条件。それでも、示される事実はただ一つだった。
「生体構成率は60%以上。筋肉に該当する組織は未知の硬質繊維で構成されており、自己再生の傾向も……」
佐々木から受ける現状のTARAK-X評を中断し、俺は結論を述べる。
「……つまり、生きてるってことだよな」
それは確認ではなかった。
「なら、殺せる」
佐々木は何も返さなかった。ただ俺を見ていた。
俺もまた、彼女の沈黙をまっすぐに受け止めていた。




