↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/69

3.静脈に燃える毒


 面会は、三十分も経たずに終わった。


 亜美は言葉に詰まりながらも、その内側に確かな理論を宿していた。語彙の一つ一つに、実地で磨かれた輪郭がある。


 使える。


 笑みのかたちを壊さぬように立ち上がり、礼を交わしてその場を離れる。今の俺に必要なのは感情ではない。記録と、次の布石だ。

 廊下に出ると、足音が静かに響いた。空調の唸りと蛍光灯の白が、単純な保護施設ではない空気を証明していた。


 数歩進んでから、俺は振り返った。問いは、すでに形を持っている。根拠は、彼女の存在そのものだ。

 あの語彙――遺伝子発現、転写制御、再生機構。生物を相手にしなければ語れない内容ばかりだった。彼女がここにいるという事実こそが、対象が“生命”である可能性を、強く示している。


 「TARAK-X(ターラクス)は、生命体。ですよね」


 同行者の佐々木は一瞬だけ目を細め、すぐに頷いた。


 「はい。反応波形、再生挙動、破損して回収できた一部の構成素材。どれも有機的な性質を示しています。TARAK-X(ターラクス)は、高度に進化した生命体か、あるいは有機と機械の融合体だと考えられます」


 その言葉に、胸の奥が小さく震えた。




 ――生きているなら、殺せる。




 脳裏に、焼きついた記憶が蘇る。


 「……相澤ナミの映像は、ありますか」


 佐々木は一呼吸置いて頷いた。その声には、微かな警戒が滲んでいる。


 「相澤様のご自宅に設置されていた防犯カメラの映像があります。ただし、心理的に強い影響が予測されます。ご覧になりますか?」


 俺は頷いた。もはや、逃げる理由などない。


 用意された端末に映し出されたTARAK-X(ターラクス)は、記憶よりも鮮明だった。

 骨のようにしなやかな外殻。関節の多すぎる手。鳥を思わせる顔立ちに、爬虫類じみた瞳。背中に埋め込まれた青白い発光体が、動力源にも心臓にも見えるリズムで淡く瞬いている。


 一瞬、視界が歪んだ。




 ――ナミが、そこにいた。




 目を閉じ、動かず、抵抗の気配もない。意識を失っていた。

 TARAK-X(ターラクス)が口元を割く。するりと黒い舌が伸びた。濡れているようでいて、光すら吸い込むほどに黒い。それがナミの胸元に触れた瞬間、すべてが始まった。


 巻き込み、包み、導いていく。その動きは異様なほど滑らかで、あまりにも静かだった。ナミの体は柔らかく持ち上がる。捩れも傷もなく、血の気さえ引かないまま、“それ”に運ばれていった。

 まるで毛布で抱き上げるように優しく――けれどそれは、咀嚼を伴わない捕食だった。


 動けなかった。叫べなかった。ただ、見ていることしかできなかった。焼きついたのは、ナミという光が消えていく、その“消失”そのものだ。


 「っ……!」


 喉が震える。声にならない音が、奥底から這い上がってきた。

 怒りは熱ではなかった。氷の毒だ。血管の内側を猛毒が逆流し、骨をきしませ、視界の奥を割っていく。


 「殺す……あれは、俺が……」


 拳が震え、力を込めすぎた爪が肉に食い込むと、血がにじんだ。それでも、目は逸らさない。消すべき敵を、この目に刻みつけるために。

 一度、深く息を吸う。冷たい空気が肺へ流れ込み、せり上がる熱をわずかに押し返した。


 佐々木は何も言わなかった。彼女の視線は、干渉でも憐憫でもない。冷徹な警戒が張りついていた。


 「……続きを」


 俺の声に応えて、映像が切り替わる。角度を変えたTARAK-X(ターラクス)。異なる環境、異なる発光条件。それでも、示される事実はただ一つだった。


 「生体構成率は60%以上。筋肉に該当する組織は未知の硬質繊維で構成されており、自己再生の傾向も……」


 佐々木から受ける現状のTARAK-X(ターラクス)評を中断し、俺は結論を述べる。


 「……つまり、生きてるってことだよな」


 それは確認ではなかった。


 「なら、殺せる」


 佐々木は何も返さなかった。ただ俺を見ていた。

 俺もまた、彼女の沈黙をまっすぐに受け止めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。