12.戦術と力量
俺は、まだこちらに気づいていないであろうオリビア機の真後ろへ回り込む。
あえて右腕をほぼ真上に掲げ、右の親指を押し込む。
先ほどの予行練習と同様、大剣が現れる。
出現した瞬間、右腕に重心が寄る。
その重さごと、刃を力の限り叩きつける。
仮想の森に、金属が裂ける音が響いた。
ガキン、という衝突音ではない。
もっと湿った、重い音だった。
金属の外殻が潰れ、内部構造が断たれ、機体の一部が強制的に切り離される音。
オリビア機の左腕が、肩口から斜めに飛び、木々の間へ転がった。
狙ったのは、そこではない。
コックピットに相当する中心部だった。
あの角度。
あの距離。
あのタイミング。
普通なら、胴を抜けていた。
だが、オリビア機は直前で身体をずらしていた。
俺が踏み込んだ瞬間に、こちらの軌道を読んだのか。
それとも、接近を完全には許していなかったのか。
どちらにしても、躱された。
柔らかい声の印象とは違う。
判断も対応も速い。
俺は即座に距離を取る。
踵側でペダルを踏み込み、機体を後退させる。足元の土が抉れ、視界の下で茶色い粒子が跳ねた。
左の親指でボタンを押す。
銃が出る。
大剣とは逆側に重心が揺れた。
そのわずかな傾きに少し引きずられつつも、レバーで押さえ込む。
この距離なら、補正は要らない。
パンッ。
初弾は胴に入った。
金属を叩く硬い音が、森の中に短く響く。
パンッ。
パンッ。
パンッ。
続けて撃つ。
けれど、二発目以降は音が変わった。
金属音ではない。
木の幹に当たる鈍い破裂音。
土を抉る乾いた音。
枝葉を散らす軽い音。
遮蔽に入られた。
さすがに、このまま削り切らせてはくれない。
なら、それでいい。
俺はあえて、オリビア機の足元付近へ数発撃ち込んだ。
パンッ、パンッ、パンッ。
足元の土が跳ねる。
乾いた茶色の煙が、木々の間に膨らんだ。
ここで追わない。
俺は一気に距離を離す。
足先でペダルを踏み、斜面の影へ滑り込む。木々の幹が視界の端を流れ、枝葉の影が機体表面を斑に染めた。
VR空間には、森の匂いがない。
土の湿り気も、青い葉の匂いもない。
だが、視界の中で舞い上がる土煙だけは、現実の匂いを思い出させるほど生々しかった。
『おい! 何勝手に始めているんだよ!』
エマの声が響いた。
同時に銃声。
案の定、戦いへ混ざりに来た。
森という条件。
カレンを撃破した直後。
この短時間でここまで来たということは、こちらの正確な位置までは掴めていない可能性が高い。
だが、地面に着弾した土煙は目立つ。
音も、煙も、エマを誘うには十分だった。
白黒の機体が、森の中で一気に進路を変えた。
『みーつけた!』
食いついた。
エマは、土煙の向こうにいるオリビア機へ向かった。
次の瞬間、爆音が鳴り響く。
ガキン!!
大剣を叩きつけた音だろう。
重い金属音が、木々の間を跳ね返る。
可能な限り音を抑えながら、速く戦場へ近づく。
機体の足音。
枝を押し分ける音。
仮想空間の処理が作る、わずかな駆動音。
それらを全部、エマとオリビアの衝突音に紛れ込ませる。
ガキン!!
ガキン!!
さらに二度、金属がぶつかる音。
視界が開けた。
木々の隙間から、三機の位置関係が見えた。
俺の正面にエマ。
その奥に、左腕を失ったオリビア。
戦況は、オリビアの防戦一方だった。
左腕を失ったオリビア機は、大剣を構え、後退しながらエマの斬撃を受け続けている。
避ける。
受ける。
角度をずらす。
致命傷だけは外す。
片腕を失った状態で、よく保っている。
だが、押し返す余裕はない。
エマ機の動きは荒い。
荒いが、速い。
踏み込みが深く、迷いがない。斬ると決めた瞬間には、もう刃が振り下ろされている。
あの速度で押され続ければ、いずれオリビア機は崩れる。
『アイザワは?』
エマの声がした。
当然の疑問だった。
さっきまで戦っていた俺が、どこにもいない。
エマが攻撃を中断する。
ほんの一瞬。
こちらを警戒して、意識が周囲へ散った。
――今だ。
俺は左手の銃を構える。
照準、距離、角度。
木の幹の隙間から、エマ機の頭部と胸部を確認し、呼吸を止める。
パンッ。
パンッ。
パンッ。
パンッ。
四発。
一発は頭部。
三発は胸部。
乾いた銃声が、森を裂いた。
エマ機の頭部に着弾光が咲く。
破片が散る。
頭部は破壊できた。
だが、胸部への三発は浅い。
エマ機が反応した。
あの一瞬で、胴をずらされ、弾は装甲表面を削るだけに終わった。
白黒の機体が、頭部左側の一部を失ったままこちらを向く。
『ヒキョーだろ!!』
通信越しの声が、怒っているのに楽しそうだった。
視覚情報の一部を失っても、動きは止まらない。
エマ機は踏み込んでくる。
『正々堂々! だろ!』
そう叫びながら、エマが大剣を振りかざした。
頭部を撃ち抜かれた機体とは思えない速度だった。
大剣の影が、森の薄暗い光を裂いて迫る。
俺はレバーを握り込む。
掌の汗で、グリップがわずかに滑った。
足裏がペダルを捉える。
正々堂々。
そんなものは、目的の前では優先順位が低い。
エマの刃が、目前まで迫っていた。




