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12.寄せ合う輪郭


 会議室に残った空気は、先ほどまでの喧噪が嘘のように静かだった。

 モニターの残光がゆっくりと消え、代わりに天井灯の白色光が乾いた無音で満ちていく。

 その光が机の金属面に薄く反射し、わずかな冷気が足首のあたりを撫でた。


 古川が椅子に背を預け、横目でこちらに視線を合わせる。


「さて、佐々木君からはどこまで聞いてる?」


 口調は軽いが、空気は軽くならない。

 天井のエアダクトが一定のリズムで送風し、静けさを押し広げていた。


「トリックスターの着陸地点、他国は少女が搭乗資格の対象であること、そして世界情勢程度です」


 そう答えると、古川は肩を少しだけすくめた。


「まぁ……時間がなかったからな」


 短く吐き出された言葉の裏に、三日間の混乱が透けて見えた。


「最大の問題は“トリックスター”だ」


 古川の声に、室内の緊張がわずかに沈む。

 冷えた机の表面に映る照明が、揺らぎもなく固定されていた。


「他国は“未知の機体”としか言わない。理由は単純でね。他の三機は喋らない。

 それに武装もトリックスターとは明らかに違う。炎を纏った剣?そんなものは出てこない。あちらは――」


 指を三本立てる。


「三体とも武器は共通だ。

 大剣一本、実弾切れを確認できない射撃武装が二門。

 ……いわば量産型、と言って差し支えないだろう」


 机の向こうで亜美が息をのんだ気配がした。


「あの……」


 小さく、しかし空気を割る確かな声だった。


「他国のトリックスターに、ナギが接触した場合……反応する可能性はないのでしょうか?」


 即答ではなく、わずかな間を置いてから言う。


「いい視点だ」

 評価のトーンが、先ほどの政治的な言葉よりわずかに実務寄りだった。


「可能性としてはあり得る。

 だからこそ困るんだよ。

 もしそうなった場合、ナギ君しか動かせない機体が増えるだけになる。

 それでは取り返しがつかない」


 古川の話を聞きながら俺は視線を床へ落とし、数秒だけ思案する。

 遠くの機材の駆動音が俺の思考のように薄く震えていた。

 それも懸念事項だが、もっと身近なリスクがある。

 俺は俺の目的のために発言する。


「それよりも、俺の移動はあまりにもリスクが高い。だから動けない。

 他国も、こちらのトリックスターの“異常性”は把握しているはずだ。

 だからこそ“我が国に集合”という流れになったんでしょう?」


 その説明に、亜美が静かに頷く。


「そっか……言い方は悪いけど、他国には“代わり”がいるんだよね」


 言葉は淡泊だが、その奥の苦味は隠せていない。


 古川はひとつ頷き、俺に視線を合わせる。


「相澤ナギ以外を受け付けない。武器は、少なくとも通常の物質としては残らない。

 それでいて、TARAK-X(ターラクス)や第二群体の死体には“熱で斬られた”痕跡がある。

 ……これが、他国が共通で持っている情報だ」


 こんな状況だからこそ、大人の戦場は苛烈になっているのだろう。


「政治、だということは理解できます。ただ――」


 俺は古川を正面から見た。


「情報を隠して優位を得るメリットより、TARAK-X(ターラクス)殲滅を優先し、情報を公開すべきでは?」


 俺は、俺の殲滅(もくてき)へ向かう歩みを止めない。


 議論の空気が張り詰め、天井灯の熱が微かに肌へ沈んだ。


 古川は少しだけ口角を上げ、意外な方向へ話題を振る。


「五十嵐君はどう思う?」


「えっ……」


 驚きがそのまま声に出ていた。

 亜美は一瞬だけ俺を見てから、慎重に口を開く。


「ナ、ナギの言う通り……技術面で主導できると思います。

 ただ……ナギへの認知負荷が高いからやってない……とか、ですか?」


「それももちろんある」


 古川が半肯定した瞬間、俺は会話に割って入る。


「俺という人間を守りきれないから、ですか」


「……そうだね」


 空気がひやりと落ちた。

 自分が“資源”として扱われているという明確な実感が、逆に冷静さを与える。


「現状、我が国のトリックスターは俺という単一存在に依存している。

 会話ができる。武器の調整が可能。

 他機体とは明らかに規格が違う。

 どこの国だって、我が国の機体と俺をセットで欲しいでしょう。

 ……トリックスターの降下が無かった地域なら、なおさらです」


 古川は何も返さない。

 ただ、その沈黙が肯定だった。


「我が身の危険は理解しています。それでも俺は、TARAK-X(ターラクス)の殲滅を優先したい」


 言い切ると、古川はわずかに息を吐いた。


「……今日まではナギ君が昏睡状態だったという言い訳が通ったが、仕方ない。

 君に依存しているのは、君以外の人類全員だ」


「ナミと引き換えに協力を引き受けました。脅すつもりはありません」


 淡々とした返答に、古川もそれ以上は強く踏み込まない。


「あぁ。政治的に協力してもらう場面がこれからもあると思う。

 なるべく擦り合わせていこう」


 その声は軽かったが、重さは消えない。

 空気の奥には、薄い金属臭と冷えた光だけが残っていた。


 胸の底で、燃えるような一点だけが脈打っていた。


 ――TARAK-X(ターラクス)を殲滅する。

 それだけが、俺に残された意志だ。

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