9.世界の前提
佐々木が足を止め、亜美へ向き直った。
「五十嵐様はいかがなさいますか? 実績から申し上げますと、研究員として同席は可能です」
亜美は一瞬だけ目を伏せ、迷う。
それでも、ほんの数秒ののちに顔を上げた。
「……行きます」
かすかな震え。
だが、その声には確かな意志が感じられる。
会議室に入ると、白い照明が平坦に天井を満たしていた。
促されて座った場所から見て、左右と正面に分割された無数のスクリーンが目に入る。
開始予定時刻まで、あと十五分。
佐々木は手早く資料を机上に並べ、タブレットを起動する。
「この三日間で判明した事項を共有します。……短い時間ですが、相澤様なら問題なく理解できますよね」
短く頷く。
「構わない。続けてほしい」
佐々木は画面を操作し、要点のみを淡々と読み上げ始めた。
――
① トリックスターの着陸状況
「確認されているトリックスターは四機。
現状、全ての機体が“こちらへの攻撃の意図はなし”と判断されています。
降下地点を読み上げます。
A地点:北緯四十二度帯、中央大陸域。
B地点:北緯五十二度帯、西方海岸圏。
C地点:東縁列島、内陸圏。
D地点:東縁大陸、沿岸域」
俺は聞き流しながらも、思考の一部で数値を並べる。
TARAK-Xも都市の要を狙ってきたが、この機体たちも、世界的に技術力と軍事的影響力の大きい地域を選んでいるように見える。
② 搭乗資格
「我が国以外のトリックスターは、十二歳から十七歳までの“少女”であれば誰でも搭乗可能であると確認されています」
その瞬間、資料から視線を外す。
古川が自分に固執する理由はここか。
「……我が国のトリックスターは、俺以外受け付けていない。
――あっているか?」
佐々木は迷わず肯定する。
「事実です。
複数回、性別・年齢を問わず、他国と同様の搭乗を試行しましたが、反応はありません」
「話を遮って悪かった。続けてくれ」
③ 参加予定者
「このあとミーティングに参加するのは、各国のトリックスターの“エース”と呼ばれている少女たちです」
“エース”。
それは、単なる操縦者ではない。
何かしらの観点で突出している者たちだろう。
④ 世界情勢
「なお、トリックスター降下地点以外の地域は、壊滅的被害を受けています」
壊滅的被害、という単語が、室内の温度を一段下げた。
白い照明が、必要以上に冷たく感じられる。
報告を終えた瞬間、扉が開いた。
拘束されていたときにスピーカーで聞いた声が、今は肉声として響く。
「対面では久しぶり。相澤ナギ君」
古川幸人。
資料によると五十四歳。
だが、実年齢より上にも見える貫禄と、下にも見える活力が同居していた。
髪はびっちりとオールバックに整えられ、薄い髭がわずかに遊んでいる。
非常時のはずなのに余裕が滲む顔つきだ。
俺は椅子から立ち上がる。
「またお会いできて光栄です。古川司令」
「こちらこそ。早速ではあるが、ミーティングが始まる」
古川は正面に立ち、声を落とした。
声には、現場の恐怖とは別の“計算”がある。
「始まる前に、ひとつだけ。
……我が国のトリックスターは、他国と比較して明らかに“異常”だ」
空気がわずかに張りつめる。
「このカードは、有効に使わせてもらう。
だから不用意な発言は避けてくれ。君なら意味はわかるだろう?」
少し呆れた声が自分の内側に響く。
(政治か……。こんな情勢でも、結局そこは変わらないらしい)
しかし、研究員たちの反応を見る限り
――トリックスターが喋るのは“我が国だけ”。
――戦闘性能も、突出している可能性が高い。
不用意な発言を避けるべき理由は理解できた。
静かに頷き、古川も満足したように手を叩いて人員を鼓舞する。
次の瞬間、通信装置が短く鳴る。
「……始まるようだ」
古川が会議室の中央に立つ。
「さぁ、ミーティングを始めよう」




