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6.新生の脈


 ナミの炎がまだ視界に焼きついている。

 身体は抵抗する暇もなく、佐々木が呼んだ救急員たちの手で医療室へ運び込まれていた。


 担架の揺れは記憶に残っていない。

 目の前で点滅する照明も覚えていない。

 記憶として残ったのは、左薬指の脈動だけだった。




 治療台に横たえられ、左腕に冷たい機器が装着される。

 医療員たちが矢継ぎ早に処置を進めていく。


 消毒液。

 局所冷却。

 焼損の進行を抑えるための保護膜。

 必要な手順が淡々と行われる。


 俺は何も抵抗しなかった。


 ただ――脈打つ左薬指だけが、生きているように跳ね続けていた。


 《ナミ》。


 そう錯覚するには十分なほど、温度と脈動が明確だった。




「相澤様」


 少し掠れた声で佐々木が呼びかけた。


 火葬場で見たときは気づかなかったが、顔にはガーゼ、右腕はギプス。

 それでも姿勢は正しく、任務中の軍人として振る舞っている。




「古川司令から報告があったと思いますが……追加でお伝えしなければならないことがあります」


 わずかに視線を上げたが、その表情は動かなかった。

 それでも佐々木は話を続ける。


TARAK-X(ターラクス)に取り込まれたものの、トリックスターの反撃により、母艦へ強制移送されなかった人間――その全員が生きています。

 つまり……五十嵐亜美さんも、まだ生きています」




 静寂。




 その事実は、本来なら朗報のはずだった。

 俺は、あの時、確実に亜美の死を覚悟していた。

 その記録を読んで、涙が落ちた記憶もある。


 だが今は。


 左薬指の脈動以外、何も差し込んでこない。


 亜美の生存は“事実”として理解できる。

 だが、感情が動かない。

 脈打つ指が“ナミ”を示すように疼いているせいで、他の全てが遠い。


「……良かったです」


 静かにそう言った。

 漏れた声には、一切の抑揚がない。


 俺の声を受けて、佐々木の表情がわずかに揺れる。

 眉がほんの少し寄った。


(……本気で言っていないな)


 そう言わんばかりの眼差し。


「相澤ナミ様の遺骨はこちらで回収の後に相澤様の自室へ届けさせるよう指示を出しております。

 何か追加のご要望があれば仰ってください」


 骨がそこにあるということに、なんの価値があるのだろう。

 ナミは薬指(ここ)に居る。

 一言、「はい」とだけ答えた。

 鎮痛剤の効果なのか、意識は定まらないまま、ぼんやりと揺れている。


 佐々木は何か言いかけたが――そのときだ。

 彼女の端末が鋭く震えた。


 佐々木は即座に反応し、対応する。

「……はい。

 ……承知しました。すぐ向かいます」


 短い応答を終え、深く息を整える。


 そして、こちらに向き直った。


「これは司令からも、まだ報告が下りていない内容です。

 “トリックスター”に関する重大な情報です」


 俺は瞬きだけで促す。


「トリックスターは……我が国以外にも、三機の着陸が確認されています」




 呼吸がわずかに止まる。


 あの異常な機体が、世界に四機。

 やはりあの一機だけではなかったのか、という気持ちも同居している。


 空気が硬質に沈んだ。


 あの機体は、希望なのか、それとも――新たな崩壊の前兆なのか。




 どこまでも俺の左薬指は、静かに、しかし確実に脈を打ち続けていた。

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