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17. 深部の臨界


 TARAK-X(ターラクス)の停止個体は、まだ熱を帯びていた。

 外殻の断面からは、微弱な熱流とガスのようなものが断続的に噴き出しているように見える。

 炎ではない。通常の生体反応でもない。

 まるで「死ぬ」という行為そのものを、過程として機構的に維持しているようにも見えた。


 俺は警戒を保ちながら視線を巡らせ、コックピット内で環境データを走査する。

 外気温は200度を下回ったが、放射線量は依然として高い。

 直感的には核爆発に類する現象を疑う値だ。だが電磁パルスの反応がないことから、既知の核反応とは別物である可能性が高い。

 そうなると考えられるのは、あの剣が切り裂いた高温の余波か、それともTARAK-X(ターラクス)の残留場か。

 どちらにせよ、軽率に踏み込むのは危険だ。


「……周囲、データ以上の異常は確認できず」


 報告を送ると、数秒のノイズを挟んで深見統括の返答があった。


 『了解。観測班をそちらへ向かわせた。到着予定は約十五分後。それまで接触を控えろ』


「了解」


 報告を終え、俺はコックピット外部のカメラを操作する。

 TARAK-X(ターラクス)の全身を俯瞰する角度を取った。


 俺は戦闘直後の高揚感からか、焦燥を抑えきれず提案する。


「現在、周辺で報告されているTARAK-X(ターラクス)は一体のみ。こちらは現状維持のまま、第二群体のうち一体の解体を提案いたします」


 意見として送信する。

 この状況で、最も価値があるのは“時間”だ。


 トリックスターは他国にも着陸したのだろうか。

 ――逆信号照射装置Phracture(フラクチャ)が無効だったことは我が身をもって実感している。

 ただ、研究員たちが他国の状況を“報告してこない”ということであれば、今すべきことは目先のTARAK-X(ターラクス)に関する情報収集だろう。


 状況は刻一刻と変化していく。

 やれること。それを少しずつ進める。

 研究とは、そういうものだ。

 いま動かせる仮説を、ひとつずつ潰す。


 『提案を受領。ただし解体は遠隔観測下で行え』


「了解」


 深見統括の許可を得たため、トリックスターの外部カメラを切り替える。

 画面の中心に映ったのは、最後に倒した第二群体だった。

 他の群体よりも僅かに姿勢が違う。

 まるでまだ“待っている”ように、膝を折ったまま沈黙していた。


 俺はその前に立つ。

 炎の剣の残滓が、機体表面で微かに揺れていた。


 『解体開始』

 指示が下る。


「トリックスター、この個体を解体できる刃をくれ」


 無音のまま、以前よりは勢いの衰えた炎を纏った剣が空中に生成される。

 統括をはじめとする、研究員たちの息をのむ気配が伝わった。

 それでも第二群体の解体を最優先とする方針は変えないらしい。

 口を開くことなく、俺がそっと第二群体の一体へ刃を構えるのを見守っている。


 有機的とも無機的とも言えない表面。

 俺はこの個体を突き刺した位置――人体で言えば胸部にあたる部分から、そっと刃を入れる。

 刃先が触れた瞬間、乾いた金属音ではなく、肉を裂くような抵抗が返ってきた。

 外層装甲が剥がれるたびに、焼け焦げた金属片がかすかな熱を残して舞う。

 細胞構造に近い分子結合。だが、材質分析は追いつかない。


 慎重に剣を深部へ入れていくと、明らかに感覚が変わった。


 ――空洞。


「空洞らしき感触を確認」


『……その傷口を囲うように四方に切ってくれ』


「了解」


 装甲は単なる合金ではない。分子結合の層が何段にも重なり、まるで生体膜を切り裂いているようだ。

 ひとつひとつが断末魔のように軋み、トリックスターがその悲鳴を拾う。

 剥離面から滲み出した液体が、崩れた金属片をじゅうと焦がす。


 四辺のうち三辺を切り終えたところで統括から声がかかる。


『内部構造の把握が最優先だ。そのまま手前に曲げて構わない』


「了解」


 上辺の装甲片を刃で引き出し、指示通り手前へ曲げる前に一瞬だけ躊躇したが、手を伸ばす。

 この温度なら、“熱い”どころの騒ぎではない。

 ただ、なぜか自然と伸びる手を抑えられない。


 ――熱さだけがない。


 装甲を掴んでいる感覚はある。なのに、熱さはない。

 他の感覚は共有しているはずなのに痛覚だけが伝わらない。

 考えなければ。なぜなのか。考えなければ――


 けれど、装甲を曲げる手が止まらない。


 次の瞬間。


 内部から、何かが見えた。




 人間の形だ。




 “それ”は、胸部を焼けた剣で貫かれていた。

 “それ”は、溶けた装甲が体に絡みついていた。

 “それ”は、金属の繭に閉じ込められたようだった。

 “それ”は、貫かれた胸部が黒く炭化していた。

 “それ”は、――肩のライン、指の細さ。俺だけは見間違えるはずがない。




 “それ”は、――ナミ。




 喉の奥で、何かが音を立てて切れた。

 呼吸を忘れたまま、視界が波打つ。

 理解が追いつかない。

 なぜここに。なぜ。どうして。


 誰かが通信で俺の名を呼んでいた。

 聞こえない。何も。




 ナミ。

 ナミ。

 ナミを――俺が。




 ナミを突いた焼けた剣が、俺の手の中にある。


 俺が、殺した。


 それを認識した瞬間、全ての音が消えた。

2章はこれで完結です。

明日からは、これまで通りの更新ペースで3章へ進みます。

引き続きお付き合いいただければ幸いです。

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