16.世界の縫合
沈黙。
数秒ではない。一分近い沈黙。
通常なら未知の回線の解析に時間をとっているのだろう。
もしくは通信は届かなかったのか。世界が混乱し、受信できる人員が残っていないのか。
――もう、誰もいないのか。
今、TARAK-Xから視線も思考も切ることができない。
既知の通信機器を探して移動するような、「観測を途切れさせる行為」は取れない。
第一波で回収したサンプルからは解析できなかったが、TARAK-Xに修復機能が備わっている可能性もある。
一分。たったそれだけなのに焦燥感と戦う中、希望の音が舞い込んだ。
――プツッ。
ようやく回線が開いた瞬間、複数の声が一斉に流れ込んできた。
『……本物か?』
『映像を出せ。詳細な位置情報も。』
『相澤ナギ、状況を報告しろ。』
――生きていた。
少なくとも国際共同防衛研究機関VELUCT佐久支部はまだ健在のようだ。
俺は声の温度を落とし、淡々と返す。
「はい。TARAK-Xと交戦中、未知の物体と接触。同物体と共にTARAK-X個体を停止させました。」
TARAK-Xの生体反応情報は向こうも掴んでいるだろう。
応答の速さからして、支部側の観測信号でもTARAK-Xが停止状態であることは確認できているらしい。
また、呼吸を入れずにそのまま続ける。
「トリックスター、コックピット内部と外界全方位の映像を出してリアルタイムで送信してくれ」
数秒後、コックピットの上方に360度の映像が展開された。
環状に並んだ光の粒子が、外界の全方位を走査し、即座に転送されていく。
赤外線・可視光・磁場・構造波。
複数の層が重なり、球状のデータとして再構成される。
トリックスターは、何も言わなかった。ただ静かに命令を受け入れた。
先ほどまでなら〔ハーイ!〕などと告げてきたはずだ。
だが、トリックスターは終始沈黙している。
今までの声は俺の幻聴だったのか?
戦闘時のみ、応答するシステムなのか?
トリックスターが、自身の機能を隠しているのか?
返事がないことに気づきながらも、俺は追及しなかった。
この無言は、意図的なものなのかもしれない。
いずれにせよ、今は状況の共有が最優先であると判断して、俺は沈黙を選んだ。
数秒後、回線の向こう側でざわめきが上がる。
複数の音声が同時に流れ込み、声の方向すら判別できない。
『これが実際の映像か?』
『今までのサンプルはどの部位だ!?』
『熱源分布、ゼロじゃない……。いや、これ、内側で何かが循環してる!』
『機体と意思の疎通は可能なのか? 単なる自動防衛ユニットじゃないのか?』
『そもそもここの回線に繋いだのはこの機体なのか?』
報告と推測が錯綜し、誰の声かもわからない。
その混乱を裂くように、低く響く声が割り込んだ。
『まずはTARAK-Xの詳細からだ。』
何度か顔を合わせたことがある、研究室全体の統括――深見の声だった。
その一言で、全ての雑音が止まる。
「トリックスター、カメラをTARAK-Xへ向けろ。」
カメラがゆっくりと旋回し、黒焦げた地表をなめるように動く。
瓦礫の影、融解したアスファルト、まだ赤熱を帯びた断面。
その奥で、死骸のように見えるTARAK-Xが、まるで空気の底に沈んでいるかのように鎮座していた。
通信の向こうで、誰かが息を呑む音がする。
世界は、静かに次の段階へ移ろい始めていた。




