15.安全の不在証明
TARAK-Xの停止を確認した直後、トリックスターは静止していた。
ただの停止ではない。
俺と同じリズムで動き、俺が止まったから機体も止まった――ただの“連動”だ。
あれだけの戦闘を繰り広げたというのに、操縦していた感覚は一切ない。
レバーもペダルも使っていない。
ただ、自分の身体が巨大化しただけ。
そう言い切れてしまうほど、俺の意思と機体の動作のあいだに、判別できるほどの境界はなかった。
戦闘の熱は、まだ視覚と感覚に焼きついている。
外殻越しに伝わる熱による空気の揺れ、焼けた地表、血と鉄が散りばめられた光景。
けれども、コックピットの内側だけは、異常なほど静かだった。
背後では、大地の裂け目から熱が昇り、遠くの街ではまだ炎が揺れている。
この地点へ降下してきた個体は、全て斬り捨てた。
だが、油断だけはしない。
黒く抉れた地表、焼けただれた建材。
空気の揺らぎと温度差だけで、「ここが死にかけた場所だ」と理解できる。
外気は危険だ。TARAK-Xの構造は未解明。
毒性ガス、微生物、神経汚染、情報侵食、何が混ざっていてもおかしくない。
視界に映る、停止したまま死体のように沈黙しているTARAK-Xを凝視する。
生存か、死亡擬態か。それすら判断できない以上、近づくべきではない。
第二群体は全て斬った。しかし、全滅という言葉を信じるほど、俺は楽観的でない。
奴らは学習する。潜伏する。再起動する。今はたまたま静かにしているだけかもしれない。
そして、この機体、トリックスター。
俺の意思で動き、俺が止まれば止まる。
便利すぎる。理解しすぎる。
味方だと決めつけるには、異常すぎる。
五感は当てにならない。
環境も、敵も、機体すらも信用しない。
信じていいのは、目的だけだ。
……だからこそ、次へ進む。
生存者がいるかもしれない。
いや、正確には生きた人間の声があるかもしれない。
その声があるなら、この世界はまだ人間の側にある。
通信手段も確保する必要がある。
報告のためだけではない。
この機体がただの幻覚ではなく、現実に存在するという“記録”を残すためにも。
優先順位を整理する。
敵挙動の監視。
戦況の共有。
生存者の確認。
トリックスターの正体。
最後に、俺自身の“正気”の確認。
まずは、機体に問いをかけた。
「……トリックスター。この世界で“何かと何かが繋がる”ということの仕組みを理解しているか?」
数秒の沈黙。
演算か、戸惑いか、それとも考えているのか。
そして。
〔タブン!〕
あまりにも軽い返答に、無意識に眉が動いた。
それ以上の説明はない。
本当に“たぶん”なのか、わざとなのかすら判断できない。
「座標を投げる。周辺ノードをスキャンして、候補チャネルを出してくれ」
〔ハーイ!〕
トリックスターが即座に周波数候補を提示する。
通常なら基地局経由の鍵交換が必要な帯域まで含まれていた。トリックスターがそれを先読みして提示してきたのだ。
この機体は、味方なのか?
脳の奥底で、原初的な警戒が牙を剥く。
この場の安全は保証されていない。
現在進行形でトリックスターの内部にいることすら、実は致命的な選択かもしれない。
だが、今は使うしかない。
俺は一番安定している回線を選び、接続を開いた。
「こちら相澤ナギ、識別コードTV-37。
対TARAK-X解析部隊所属。熊谷外縁にてTARAK-X個体および随伴群の停止を確認。
記録時刻は九月三十日、午前一時二分。応答願う。」
通例に従い、内容をわずかに言い換えて再送する。
あとは応答を待つのみだ。




