↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/69

6.記録時刻、二十三時四十三分


 九月二十九日、二十三時四十三分。


 TARAK-X(ターラクス)個体、熊谷外縁にて完全動作停止を確認。


 俺は、指を離さなかった。

 逆信号照射装置Phracture(フラクチャ)の制御端末。その最終波形の余熱と余韻が、指先に薄く滲んでいる。


 目の前の映像には、崩れもせず、倒れもしない。ただ停止した“それ”の姿が映っていた。

 黒い輪郭は街の灯に溶けかけ、まるで静止した影のように空間に貼りついている。

 火も、爆発も、血もない。だが、これは確かに――




 「……応えた」




 小さく呟く。


 「干渉波の終端、第三位相で完全停止。信号の減衰曲線、異常なし。……確認、終了」


 隣の技術員が静かに報告する声が、現実を切り裂いた音のように、耳を通り過ぎていく。

 けれど、俺の視線は動かない。まだ、あの構造の向こうに、何かを見ているかのように。


 「五十嵐は……?」


 別の隊員が、俺にではなく周囲に向けて問いかけた。


 「現地ユニットにて待機中です。中枢波形の安定を確認後、回収に入るとのこと」


 俺は、その報告に対して一切の反応を示さなかった。

 名前に視線を向けることもなく、まるで耳にすら届いていないかのように。


 ナミが消えたその夜、あの舌が滑るように伸びて、彼女を包んでいった。

 咀嚼のない捕食。音のない喪失。

 それが今、記録としての「応答」によって、わずかに形を変えた。


 ――だが、まだ、終わってなどいない。


 Phracture(フラクチャ)の干渉信号がTARAK-X(ターラクス)に届き、構造応答が検出限界を下回った瞬間、俺はタブレット端末を見つめながら、深く息を吐いた。


 その指先は微かに震えていた。


 以前の俺なら、たぶん、叫んでいた。

 怒鳴り、壊し、声にならない感情を何度でも吐き出していただろう。

 けれど今は違う。

 この静寂に身を沈めることを選んだのは、怒りを諦めたからじゃない。

 それすら構造として、定義しようと決めたからだ。




【観察者】

 動作停止、記録時刻二十三時四十三分。

 構造応答ゼロ、同期消失、光信号反射率に異常なし。

 TARAK-X(ターラクス)は、今なお「在る」。

 ただ、それだけだ。

 

 まだ、あれは死んでいない。




【演算者】

 それでも、予定された波形が通った。

 構造干渉の最下限域。再現性は不明。効果は限定的。

 この結果は成功ではない。偶発と偶然の交差点。

 人類が叩いた、一音のノック。


 扉が軋んだだけだ。まだ、開いてなどいない。




【実行者】

 だが――

 その扉の先に、あの舌がいないのなら。

 この手で切断できるなら。

 俺は、また送る。何度でも。言語にならない構造で。破壊という名の、構造で。

 反論では足りない。反復でも、反響でも。


 俺が欲しいのは、あの時への報復だ。




【破壊者】

 光を喰ったのは、誰だ。

 ナミを、この世界ごと、静かに呑みこんだ黒は、まだ消えていない。

 焼けない。溶けない。消滅しない。

 だから、別の方法で殺してやる。声を奪って、存在を奪って、意思を断つ。


 俺の手で。俺の意志で。




【叫び】

 ――ナミ、ナミ、ナミ。

 

 どこに居るのか。

 この叫びが、どれだけ静かに届いたとしても。

 この怒りが、どれだけ綺麗に形になったとしても。


 お前がいないという欠損は、何も埋められない。

 俺はまだ、生きている。

 お前を喰らった世界の中で。


 ならば。


 俺は破壊する。

 命も、構造も、沈黙も、そして終わりも。

 もう一度、問うために。

 ナミを消したあれらに、静かに、完璧に、破壊という名前の祈りを。




 俺は、いま、一矢を報いたんだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。