2.構造への反論
冷却ファンの音が、やけに遠く感じられた。
けれど、それは確かにこの部屋にあって、俺たちの鼓膜を震わせている。
「――これが、中央からの正式報告です」
佐々木の声が、静かに空気を断ち割る。
海外に置かれた中央監視センターからの回線越しに届いた報告は、ここ佐久支部の壁面スクリーンへ転送されていた。
投影された重力波の記録映像は、目視だけでも“違う”とわかる。
前回とは、明らかに異なる座標、異なる線の流れ。
「TARAK-X百体が、都市中枢を正確に狙って降下。
今回の配置には、偶然では説明できない規則性がある」
俺は、データに目を通しながら口を開いた。
「これは……いや、おそらくって言っておこう。敵は、場所を選んでいる。
生活圏、教育区画、医療ネット……都市の神経に近い場所ばかりだ。
現に我が国も熊谷への降下を確認している」
「神経、か……」
亜美の声がかすれた。
「都市という身体を、麻痺させようとしてるのかもしれない。でも、俺としては本当の異常は……その背後だ」
スクリーンが切り替わる。
黒い影。まだ意味を持たない何かが、街の輪郭に沿うように重なっていた。
「第二群体。姿形は似ているが、別の種に見える。
背部装甲も発光器官もないし、構造はより単純。けど……根の一部は、たぶん共有してる」
佐々木が端末を操作しながら続ける。
「形状的には、TARAK-Xと部分的な類似。だが、制御波形は一致しない。今のところ、完全に非同期です」
「つまり、同じ形でも別の命令系統で動いている可能性が高い。
たとえ同じ素材や骨格の一部を使っていたとしても……行動意図も異なる公算が大きい」
「比率はTARAK-X一体あたり二十。二千体以上が、すでに降下済み。
配置は熊谷を囲むように広がっていると、報告が舞い込んできています」
「囲んでいる……それは、TARAK-Xを守っているのかな、私たちを閉じ込めているのかな……」
亜美の独白に、俺は何も返さなかった。代わりに、映像に映る沈黙を見つめ続けていた。
「現時点では、それが攻撃姿勢なのかすら分からない。
だが、第二群体はそこにいる。
それだけでTARAK-Xへ近づく障害になり、その結果、都市を黙らせてしまっている」
衛星映像の中、黒い群体は微動だにせず、ただ配置されていた。
「送られてくるデータを見る限り、第二群体の性能はTARAK-Xには及ばないと推測される。それは唯一、対処可能性に繋がるかもしれない」
俺は続けた。
「TARAK-Xを叩くことに集中すればいい」
佐々木が眉を動かしながら呟く。
「――逆信号照射装置。
Phracture」
それは初回襲撃から今日までに、人類がTARAK-Xへ対抗するために用意した手段だ。
佐々木に続くように俺が発言する。
「あぁ。理論上は完成している。
Phractureは、TARAK-Xの反応構造に逆位相の信号をぶつけ、再生限界域まで押し込む装置だ。
仮説上は、これで沈黙させられる」
亜美はすでに手元の端末に視線を落としながら、淡々と補足した。
「反応構造への干渉波送信には中継機が必要。今いる佐久からの出力では、距離と地形減衰の影響で、TARAK-Xが降下した熊谷一帯までは届かない。最低でも、熊谷の外周に干渉ユニットを設置する必要がある……」
俺は、一拍の間を置いて、五十嵐亜美を見た。
「現地の環境変動に対応できる技術者が必要だ。――だから、お前が行け」
ナミ以外に向けたことのない種類の声だった。命令のために選ばれた語彙。
その言い方自体が、彼女に命を預けるという意思表示だった。
亜美が、目を見開く。
「……私が?」
「お前じゃないと、俺の意図が“伝わらない”。
Phractureの信号は、反応の揺らぎに合わせて再構成される。理論値だけで構築できるものじゃない。
現地で、揺らぎを観測して、構成を調整できる人間が必要なんだ」
「それって……」
「それが、お前の専門領域だ。俺は“伝える”。お前は、それを“読み解く”。だから、現地で観測と調整に入れ。」
返事はなかった。けれど、その沈黙に、彼女自身が居場所を見出していた。
第二群体の配置は、構造への侵入だ。静かに染みこみ、輪郭を塗り替えるもの。
なら、こちらは逆構造で応えるしかない。
「……逆信号照射装置、Phracture。現地にて設置設計と波形調整を開始する。」
これは、復讐の幕開けだ。




