1.第二次降下――《VELUCT(ヴェルクト)》中枢 観測ログより
異常は、二十時四十一分に始まった。
宇宙線干渉計に接続された重力波特化センサーが、非周期性の波形を捕捉する。
従来の電磁観測では拾えなかった波形である。
だが、国際共同防衛研究機関VELUCT中央監視センターには、前回の襲撃から得たデータを基に再構築された重力波特化センサーがすでに配備されていた。
高空に“しわ”のような波動が走り、時空そのものがわずかに歪む。
理論の外側から押し込まれるような侵入だった。
警報は無音のまま光で告げられ、中央壁面に設置されたインジケーターが、一斉に赤く点灯してゆく。
「とうとう来たか……」
「応力波パターン、閾値4.7未満で分岐。」
「重力波パルス、1.2×10⁻⁷秒間隔。マスドロップではありません。分散降下です」
「点じゃない。線……いや、面で落ちてる。重力が滑ってるように見える」
地下四層、VELUCT管制中枢。
ホログラフィックマップが高速で更新され、軌道上に無数の着地点が描かれていく。予測の意味を失いはじめた座標の群れは、ただ“終わり”の分布図に過ぎない。
「降下体、百。“TARAK-X”型、構造一致」
「発光器官・中枢反応・外骨格配列。いずれも初回サンプルと一致。」
「個体差なし。」
「降下座標、都市核への集中。前回のような無作為性は完全に消失。“人口密集地”を選んでいる」
「生活圏、学区、医療拠点……攪乱効果の最大化を狙った配置です」
「統計の揺らぎでは説明できない。行動意図が検出閾値を超えている。
つまり――敵は“学習”している」
管制室の空気が硬くなる。
誰かの呼吸が一瞬止まり、空調のノイズが異様に大きく感じられた。
「……待ってください。TARAK-Xの後方に追加波動。重力波の混在を確認」
「波長が異なる。位相もズレているのに、軌道上では複合化しています」
「別の陣営か?」
スクリーンが切り替わる。
影の背後に、さらに密集した群体が連なっていた。
整列ではなく、秩序を拒むような形。
「新規降下体、全高は5メートル前後。複数体の同期降下を確認」
「構造は、TARAK-Xと共通点あり。」
「関節数、配置軸の対称性、重心調整機構の類似が見られる」
「ただし、背部装甲・発光器官は未確認。胴体側面の構造は非連結型。素材も既知の生体・機械素材と整合しない」
「構造の根は近いが、目的も制御も別種と見るべきか」
「何らかの派生型か、もしくは全く異なる任務を持つ並列系統……?」
「現時点では、TARAK-Xとの直接的な相互関係は検出されていない」
「個体数、現在二千体。TARAK-Xに対し1対20の比率」
その数字だけで、管制室の温度が一段下がった。
それでも報告は続く。
「個体の発生基盤は不明」
「外形だけでは誤認を誘発しかねない。起源の断定は絶対に避けるべきだ」
映像が、街の俯瞰から切り替わる。
新たな個体群は、地面を踏むと同時に姿勢を固定し、そのまま動かない。
「生体反応はありますが、行動はありません」
「現在は停止中。だが、即応性を見せる構造にも見える」
「何かが待機している。だが、それが指令なのか、本能なのかもわからない」
「これは……侵略ではなく、配置だ。都市構造の中に、別の構造を滑り込ませてる」
「TARAK-Xが暴力の象徴だったとすれば……こちらは都市そのものへの介入だ」
誰かが低く呟いた。
「……眠ってる間に、目を覚ましたのは俺たちじゃなかったってことか」
衛星映像に映るのは、ただ静かに埋め込まれていく黒い影の群れ。
彼らは何もしない。
だが、都市という生き物の表層に触れた瞬間、そこには確実な変化が生じていた。
それだけで充分だった。




