3.ナミを返さない世界へ
「二十分後、E-Suiteへ集合」
佐々木の言葉を最後に、部屋は解散となった。
報告は明瞭だった。敵は前回の襲撃時、四時間程度で全個体が大気圏外へ向けて、浮上したとの報告がある。なので、今回もタイムリミットは同時刻と仮定して様々な場所で作戦が練られている。
集合時間まで用意を万全へとするために、全員がそれぞれの持ち場へと散っていく。
戦略的地上移動要塞E-Suite。
それは、前線で展開される装軌式の中型機動研究母艦だ。
全長50メートル。厚い装甲と短距離ジェットを備えた車体は、研究施設でありながら、戦場を走る拠点でもあった。
TARAK-Xから回収された生体サンプルや断片から解析されたデータをもとに、対抗技術である、逆信号照射装置Phractureの開発が進められている。
中には指揮区画、生体解析室、Phractureの格納庫、仮設医療区画まで備え、研究員と技術員、陸上隊員あわせて百二十名近くが搭乗する。
戦場のすぐ傍で、科学と命が交錯する場所。
そこに、この戦いの全てが詰まっていた。
俺も、歩き出す。
閉じたドアの先、研究区画の灯はすでに落ちていた。わずかに点滅する誘導灯だけが、夜の通路を切り裂くように瞬く。
歩きながら、思考は徐々に沈んでいく。
いや、沈んだのではない。熱を帯び、静かに濃縮されていく。
――仇が取れる。
その言葉を口にしたことは、一度もない。
けれど、心臓の奥底に澱のように沈んでいたものが、今ゆっくりと浮上してくる。
逆信号照射装置――Phracture
敵の制御構造に微細な干渉波を打ち込み、わずかな揺らぎを流し込む。
仕組みごと詰まらせ動きを奪う。
それは、暴力ではない。構造そのものへの「反論」だ。
【観察者】
まずは見抜け。光の揺らぎ、反射角、振動数。
全ての動作には法則がある。発光器官の周期は何を語る?音響反応の閾値はどこにある?
構造は沈黙しない。観察とは、沈黙を言語化する行為だ。
体表の密度、神経束の分岐数、組織間電位の偏差――数値が語るなら、それは解析できる。
理解とは、祈りではない。知識の剥奪だ。
【演算者】
動きの理由を演算しろ。何が命令で、何が反射か。
内部温度、代謝限界、再生の起動条件……それらは全て数式になる。
“体”の形をしているなら、仕組みは体に従う。
再生するなら、そこを止めればいい。
Phractureが打ち込むのはノイズではない。選ばれた波形、選ばれた位相、選ばれた“毒”。
この街の神経を遮断した異物に、こちらの論理を流し返す。
【実行者】
あの光はいつ暴れ出してもおかしくない。
ナミを連れていった時と、同じように。
俺は構築した。信号干渉装置、演算変調回路、相関解析フレーム。
亜美が生体反応を読み取る。俺が、そこに干渉波を載せる。
これは武器だ。
理解に見せかけた破壊。
共鳴という形の断絶。
そうしてPhractureは完成する。
Phractureは、殺す。
それでいい。それしかない。
【破壊者】
名もいらない。定義もいらない。
あれは、ナミを連れていった“何か”。
それを壊す。
発光器官を焼く。神経核を裂く。中枢反応を破砕する。
信号の接続点を見つけ、崩す。骨を割り、肢をねじり、沈黙の構造を引きずり出す。
ただ、それだけだ。それだけでいい。
それだけが、俺の生きている理由だ。
【狂気】
ナミを返せ。
意味はいらない。理屈も、式も、論理も。
ただ「そこにいる」なら、壊す。
お前がナミを連れていった。それが事実。
なら、終わらせるのは俺だ。
街の輪郭が崩れてもいい。Phractureが都市構造を巻き込んでもいい。
ナミのいないこの世界に、意味などひとつでいい。
――“殺す”。その一点に集約された、俺という存在。
そのためだけに、今、息をしている。




