バルザック支店開業の困難
まるふく商店ゼルバイン南部支店の看板が立った日、港町バルザックの空気が変わった。
荷車が出入りし、香辛料や塩、干物、穀物の袋が次々と運び込まれる。
それを遠巻きに見ている連中――港の労働ギルド所属の荒くれ者たちの顔には露骨な不満が浮かんでいた。
「よぉ、新入り商会さんよ。」
昼下がり、荷受けをしていたショウイチの背に低く太い声がかかる。
振り返ると、五人組の大男が路地から出てきた。肩には鉄の棍棒、腰にはナイフ。
「ここらで商売すんなら、“俺たちの許可”がいるんだよ。」
先頭の男が吐き捨てる。
「許可料は毎週金貨三枚。払えなきゃ荷は港に入れねぇ。」
ショウイチは米袋を肩に乗せたまま、無表情で一歩近づいた。
「……言いたいことはそれだけか?」
「はぁ?」
次の瞬間、ショウイチの肩が動き、米袋が相手の顔面を直撃。
その衝撃で相手は仰向けに吹き飛び、鼻血を撒き散らす。
「邪魔すんなら、潰す。」
米袋を下ろしながら、ショウイチの声が港に響く。
仲間が怒声を上げて突っ込んでくるが、ショウイチは踏み込みざまに拳を叩き込み、膝蹴りで一人、背負い投げで二人を石畳に転がす。
最後の一人は腰を抜かし、這いながら逃げた。
現場を見ていた港の労働者たちは沈黙し、次いでざわめいた。
「あいつ……ギルド潰したぞ。」
その噂は半日も経たず街中に広まった。
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だが肉体の脅威だけが敵ではない。
夕方、商会の帳場に一人の男が現れた。
細身のスーツに銀縁眼鏡、冷たい笑み――地元の老舗商人、カルステン商会の番頭だ。
「突然のご挨拶、失礼いたします。カルステン商会と申します。」
彼は丁寧な口調で、しかし刃を隠さぬ言葉を紡ぐ。
「ゼルバイン南部は既に我々の商圏でしてね。異国の新参が入り込むと、流通の秩序が乱れるのです。」
ショウイチは茶をすすりながら鼻で笑った。
「つまり、お前らの腹が減るから帰れって話か。」
「お察しの通りです。
……もっとも、我々と提携すれば、港税や倉庫の優先利用を約束できますよ。」
番頭は目を細める。
「ただし、粗利の半分は我々にお渡しいただきたい。」
ショウイチは即座に茶碗を置いた。
「その条件じゃ、商売じゃなくて奴隷契約だな。」
番頭の口元が引きつる。
「……強情ですな。港での荷揚げ手続き、面倒になりますよ?」
ショウイチは立ち上がり、帳場の引き出しから紙束を取り出した。
「こいつはルードヴィヒ伯の認可証だ。お前らが荷揚げ妨害すりゃ、南部全域の税優遇を失う。お前の主も黙っちゃいねぇ。」
番頭の額に汗が滲む。
「……失礼しました。提携はまたの機会に。」
扉が閉まり、部屋に静けさが戻る。
ショウイチは肩を回し、呟いた。
「物理で潰せる奴と、言葉で締め上げる奴。どっちも同じくらい面倒だな。」
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こうして、ゼルバイン南部支店は開店早々に港のギルドを黙らせ、老舗商会の干渉を跳ね除けた。
まるふく商店の名は、この港で一気に広まり始める――。




